第8章 麗しのハンナ/ハイキュー、天童覚
「そう?俺も昨日辺りから嫌いじゃないみたいヨ?気が合うね」
「昨日から?そうか。しかしその程度では気が合うとは言わないだろう」
不思議そうに言う若利くんの肩を抱いて店内に入る。
「堅い事言わないの。若利くんと俺の仲じゃない」
「…俺とお前の仲…。それはどういうものだったかな…」
「…ねえちょっと若利くん。真剣に考え込まないでヨ。凹むじゃない」
「何をごちゃごちゃ言ってるんだ。お前らは普通に部活仲間だろ?いや、俺もだけど。それでいいじゃないか。何でそれぞれ妙に話を深めようとするんだ、面倒くさい…、あ、こんにちは」
呆れ顔で割り込んだ獅音が、急にぺこっと頭を下げた。
おっと。
すぐ誰に挨拶したのかわかっちゃった。
あっ、て、髪が逆立つような感触がゾクゾク天辺まで来て、それからそれが首肩背中を一気に走り回って、最後に腹がぎゅうっと縮む。変な感じ。でもこれが結構気持ちいい。
桜庭さん。
桜庭さんだ。
「こんにちは」
夕方の混み合う店内で、品出していた桜庭さんが、雑誌を抱えたまま、ちょっと掠れたような笑顔を浮かべてる。
不思議なんだけど、何でか桜庭さんの笑った顔は掠れてる。悪い感じじゃないのよ、これが。掠れ声をハスキーボイスっていうデショ?その笑顔バージョン。俺の絶対にちっちゃかない体がギュッと縮まるような気がする。美味しいモノ食べたときに、ホッペがきゅってなるみたいに。
何かバカみたいとか思うけど、困ったね。それどこじゃないの、今の俺。
「部活帰り?」
桜庭さんは獅音を見てる。まあ挨拶したのが獅音だから当たり前なんだけど、それがわかっててもムッとする俺って自分で言っちゃうけど可愛いと思うナ。
桜庭さんの視線が、獅音から俺に移る。
「こんにちは。いらっしゃい」
いらっしゃいました。こんにちは桜庭さん。
「こんちゃース」
いつもの俺。ちょっとふざけてて、明るい軽い俺。
…でしかいられないのヨ。だってただの客だもん。何が出来るっての、これ以上。今ンとこは、これで我慢でしょうヨ。
のんびり行くよ。焦らない焦らない。
「…桜庭さん?」
不意に若利くんが驚きを含んだ躊躇いがちな声を出した。
え?あら?知り合い?マジで?何ソレ。
ポカンとする俺と獅音を尻目に、若利くんはきちんと一礼して桜庭さんに向き合った。