第2章 南風はどこだろう/ムーミンパパ
「いやはや、こんな御馳走にありつけるとは、冬に目を覚ますのも悪くないかな」
「運が良かったですな。ああ、今時分のニシンは脂が乗ってフカフカだ。こんな美味しいものがありますか」
二人はフォークをカチカチ言わせて熱心にニシンを平らげ、冷たくて酸っぱい小さなキュウリをカリカリつまんだ。
すぐにデカンターのリンゴ酒が空になり、今度はヘムレンさんが樽の詮を抜いてデカンターをいっぱいにする。
「それで?スナフキンの帽子の緑がどうして南風になったのかな?」
マイペースで周りを振り回す事も多い反面、聞き上手で知識が豊富なヘムレンさんは時に誰よりもいい相談相手になる。
それを知っているパパはシルクハットを傍らに置いて、リラックスした印に耳をちょっと寝かせた。
「スナフキンがね、言うんですよ。色んなものを見たいし、知りたい、だからまず春を知ろうと思ったんだって」
「彼が冬に旅立つ理由かね?春を知る事・・・?しかし確かスナフキンは冬の独りぼっちの寂しさの末に春のムーミン谷に戻るのが好きで旅に出とるんじゃなかったかな?」
「だから夢の話ですよ」
皿に残ったニシンの脂とコケモモジャムをライ麦パンですくいとり、モグモグ味わいながらパパは苦笑した。
「今は南風を探しているそうな。ねえ、ヘムレンさん、南風は何処にいるんでしょうね?」
「夏?」
「夏かも知れないし、春の終わりかも知れない・・・?」
おや、このやり取り・・・
ムーミンパパはリンゴ酒の琥珀色を見ながら首を捻る。
「ねえ、パパ。南風は夏のものだよ。探して居所を見つけるようなものじゃない」
「でも私は南風の居所が知りたい。あの熱くって湿っぽいドキドキする風は何処にいるんです?いつでもあれに吹かれていれば、きっと退屈しないし、どんどん胸がふくらんでいつだってワクワクしていられるんです。私はどうしてもあの風に会いたい。冒険した日々に吹かれていたように、今もあの風に吹かれていたいんです」
ああ、希望が欲しいのも、風を探しに行きたいのも、私だったんだな。
お腹が膨らんで眠くなって来た。リンゴ酒も気持ちよく効いている。
「ねえパパ。思うにアンタが探してるような南風はどこにでもあるんじゃないかな?ロゼットにも、ニシンにも、リンゴ酒にも、家族にも」
ヘムレンさんが優しく言う。