第2章 南風はどこだろう/ムーミンパパ
「トゥーティッキーからお手製の油漬けニシンとライ麦パンを貰いましたよ」
美味しい脂が染みた油紙の包みを見て、パパはゴクンと喉を鳴らした。
「いいですなあ!軽く炙って、コケモモジャムをソースにして食べましょう。サンドイッチにしてもいいな。そうなるとママの酸っぱいピクルスの瓶を開けなくちゃ!こりゃご馳走だ」
「ママのピクルス!あのちっちゃなキュウリのピクルスですな?こりゃいかん。あれはついつい食べ過ぎてしまうから・・・」
言いながら、ヘムレンさんは小さな鉢植えを指差す。
そこには味の濃い緑の植物が、ギザギザした葉っぱをペタンと土に寝かせて瑞々しげに鎮座していた。
「これは夏の間、水浴び小屋に起きっぱなしで忘れていた鉢植え。知らないうちにオニタビラコが根をつけていてね。ロゼットになっていたのをトゥーティッキーが小屋に入れて世話していたのを貰ってきた。ねえ、どうです、この健気な事。雪の中、ペチャンコにロゼットをはって春を待つんですよ、これは」
「ロゼット?」
「フフ、植物が、寒さをしのいだりする為に、こうしてペタンと葉を広げる様をそういうんですよ。女性のドレスの裾が広がったように見えるでしょう?」
「冬に生葉のドレスとは贅沢な話ですな」
ちょんと葉っぱを突ついて、その手触りにムーミンパパはニッコリした。元気なパリパリした葉っぱだ。
「こいつも同席させてやって下さいよ。寒いとこ頑張って来たんですから、少しはあったかい思いをして一休みも悪くないでしょう」
「勿論ですとも。大歓迎ですよ」
暖炉のスパイダーの上に鉄製のフライパンを置いて、ゴソゴソピクルスとコケモモジャムを引っ張り出したパパは、大満足でグラスにキラキラしたリンゴ酒を注いだ。
「おっと、忘れるとこだった」
シルクハットのひさしを上げ、パパはもうひとつグラスを取り出して、オニタビラコの前にトンと置いた。
「さあ、お前さんも乾杯だよ」
「ハハハ、良かったなあ、お前」
3つのグラスにリンゴ酒がおさまったところで、乾杯だ。
「冬のパーティーに」
「トゥーティッキーのニシンとママのピクルスに」
「三年もののリンゴ酒に」
「オニタビラコのロゼットに」
「冬の月に」
「もうすぐやって来る春に」
「・・・南風の居所に」