第2章 -なにかひとつ-(澤村)
「あの…なんでわたしのカップ…
コレだったんですか?」
半分ほどコーヒーを飲んだすみれは、
だいぶ店の雰囲気にも慣れてきたのか、
先ほどより幾分緊張がほぐれたようで、
マスターの目をジッと見て尋ねた。
アシンメトリーの不思議なカップは、
とても珍しくてキレイだが、
様々なカップの中から、
自分に合うと思われた理由が、
すみれには想像がつかなかった。
「あぁ。
キミが…心ここに在らず…って、
感じだから…かなぁ。
わたしは1人…
貴方には興味ないのよ…って。」
「え…?」
思いもよらないマスターのことばに、
すみれは内心かなり動揺していた。
「ははっ…ま、それは言い過ぎか。
でも、なんか…そんな感じ。
心の中がグチャグチャで…
1本真っ直ぐ…筋が通ってない…
っていうか。」
マスターの声は優しかったが、
真剣な眼差しですみれを見ている。
「そんなの…なんで…
なんでわかるんですか?
わたしのこと…
なんにも知らないくせに!」
すみれはマスターを睨み返し、
思わず強い口調で言い返す。
「そうだね。何も知らないよ。
でも、今初めて…キミらしかったかな。」
「…っ‼︎あ…ごめんなさい。」
ハッと気付いたように、
すみれは口元を押さえた。
「いいんだよ。」
マスターはまたすみれを見つめ、
優しく頭を撫でる。
「わからないんです…」
マスターの優しい手の温もりに、
すみれは思わず本音を漏らす。
「…うん?」
「わたしには…何もなくて…。
何もしたくないんです…。
このままなのも怖い…
大人になるのも怖い…
でも、高尚な夢なんて持ってない。
夢って…持ってなきゃいけないの?
何かしなきゃいけないって思うよ。
何かしたいよ。
わかってる…
このままじゃいけないって。
でもどうすればいいの?
何をすればいいの?
何をすることが正しいの?」
枷が外れたようにすみれは話し出す。
その支離滅裂なすみれの心の中を
黙って聞いていたマスターは、
すみれのことばが途切れると、
優しくことばを放つ。
「本当は…心の中で…心の奥底では…
自分でもわかってるんだよな。」