第2章 -なにかひとつ-(澤村)
コーヒーミルで、
ゆっくり豆を挽く音が
心地良く店内に響く。
「あの…1人でこのお店…
してるんですか?」
広い店内を見回しながら、
すみれは店員に話し掛ける。
カフェの席数は少ないが、
この広い店の維持だけでも、
けっこう大変だろう。
「1人の時もあれば、
手伝いのヤツが来る時もあるよ。
それにオレはマスターだけど、
雇われの身だからね。」
「マスター⁈」
「え?そんなに驚く?」
すみれの大きな声に、
コーヒーミルを挽く手を止め、
マスターが顔をあげる。
「あ…いえ…お若いので…」
「こんなヤツでも
マスターできるのかって?」
ニヤッと笑いながら、
すみれを見つめるマスター。
「ち…ちが…違いますっ!」
「ははっ…可愛いなぁ。
ごめんごめん、わかってるって。」
そう言ったマスターは、
ポンポンとすみれの頭を優しく撫でた。
「…っ⁈」
すみれは真っ赤になってしまうが、
マスターはそれには気付かず、
コーヒーを入れるカップを選ぶ。
「う〜ん…キミにはコレかな。」
そう言ってマスターが取り出したのは、
左右非対象…
アシンメトリーのカップだった。
「不思議な形…。
なんでコレで倒れないんだろう…」
すみれはジッと
カップを見つめている。
コーヒーが注がれるそのカップに、
まるですみれも
吸い込まれるようだった。
今にも倒れそうなのに、
決して倒れることはなく、
そのカップはきちんと
ソーサーの上におさまっていた。
「はい。お待たせしました。」
コトッとすみれの前に
マスターはカップを置いた。
「ありがとうございます。
うわぁ…いい香り…」
「ミルク入れるんだよね?」
「あ、はい。」
「もうちょっと待ってね。」
そう言って、
マスターはミルクを温め、
すみれのカップにふわりと注ぐ。
「うわぁ…カフェオレだぁ。」
「どうぞ。」
「いただきます。」
一口すするとミルクの甘さと、
コーヒーのコクが
すみれの口いっぱいに広がる。
「美味しい…」
「だろ?」
マスターはまた二カッとして、
すみれを見つめていた。