第5章 100万回言うよ
僕と有希ちゃんは縁側に並んで腰掛け、飽きる事無く仔犬と戯れ続ける総介を見守っていた。
ふと有希ちゃんが僕を見上げて問い掛けて来る。
「風間さんは…もう行ってしまいましたか?」
「うん。
……本当に彼には感謝の言葉しか無いよ。」
「……私もです。」
有希ちゃんが遠くを見るような目をして続けた。
「風間さんの所に行ってから直ぐ、
総介がお腹に居る事に気付きました。
沖田さんは私を守る為に突き放したんだと分かっていましたから
沖田さんが最後にくれた贈り物だと思って
とても嬉しかったんです。」
有希ちゃんはゆっくりと一つ息を吐いた。
「あの子がお腹に居ると分かってからも、
産まれる時も風間さんは私を支えてくれました。
そして産まれて来たあの子をとても可愛がってくれて……」
「……そうなんだ。」
総介が産まれる瞬間に立ち合えた風間に、僕はほんの少しだけ嫉妬した。
そんな僕の心境を察したのか、有希ちゃんがそっと僕の手を握る。
「でも、風間さんは自分が父親だというような素振りは
一切見せなかったんですよ。
……お前の父親は今は遠くに居るが、何時か必ず会える。
一流の剣士である父親に恥じぬよう
お前も立派な男になれ…って、
まだ言葉も分からない総介に良く言い聞かせてました。」
有希ちゃんは眩しい物を見るように目を細めてくすりと笑った。
「風間さんって……不思議な人でしょう?」
「うん。不思議で……凄い人だ。」
風間は僕には敵わないと言ったけれど、僕の方が余程彼には敵わない。
もう会う事も無いだろうと告げて彼は行ってしまった。
でも僕は何故だかまた再び彼に会えるような気がしている。
その時には……風間に総介を抱き締めてやって欲しいと強く願った。