第5章 100万回言うよ
「有希ちゃん……ごめんね。
僕は酷い事をしたよね……本当にごめんね。」
僕の腕の中で有希ちゃんが大きく首を横に振った。
「それから……」
有希ちゃんの耳元に唇を寄せ、囁くように僕は告げる。
「僕を父親にしてくれて…ありがとう。」
「………沖田…さん。」
そっと僕を見上げた有希ちゃんは、本当に嬉しそうに微笑んだ。
ふと見下ろすと、泣いている母親を心配したのか…仔犬と遊んでいた筈の男の子が不安そうな目をして有希ちゃんの着物に縋り着いている。
「総介……父様ですよ。」
有希ちゃんが優しく男の子に向かって語り掛ける。
「総介……っていうの?」
「はい。沖田さんのお名前から一文字戴きました。」
風間が僕には到底敵わないと言ったのはこの子の存在の事なんだと確信して、僕は総介と同じ目線になるまで屈み込み
「初めまして。」
と、微笑みながら言った。
「僕も今日から、君と君の母様と一緒に居ても良いかな?」
僕と同じ色をした大きな瞳を驚いたようにぱちぱちと瞬かせていた総介は、突然その小さな手で僕の着物の袖口をぎゅっと握り、にっこりと笑って大きく頷いた。
その愛おしい笑顔に、僕は堪らず総介を抱き締める。
「ありがとう。」
総介は暫くじっとしていたけれど、そのうち焦れたように身を捩り僕の腕の中から脱け出すと、また仔犬の方へ向かって駆け出した。
「照れているんですよ。
本当は嬉しくて堪らないんです。」
そんな総介を見つめながら有希ちゃんがふふ…と笑う。
「うん、分かってるよ。
僕も子供の頃、あんな感じだった。」
そう答えて僕も目を細める。