第5章 100万回言うよ
平清に到着し、有希ちゃんの事を尋ねると
「ああ、そのお客様なら中庭にいらっしゃいますよ。」
と、仲居さんが案内してくれた。
案内された先には中庭に面した縁側に腰掛けている有希ちゃんが居た。
……少し大人っぽくなったかな?
それでも、あれ程までに僕を夢中にさせた愛らしさは全く変わっていない。
有希ちゃんはとても穏やかな微笑みを浮かべていて、その目が見つめる先には……
仔犬と戯れる小さな男の子の姿があった。
この料亭で飼われている仔犬だろうか、ふわふわとした白い毛並みで可愛らしくころころと男の子に戯れ付いている。
男の子の方も仔犬と同じような覚束無い足取りで、嬉しそうにはしゃいでいた。
その姿を見た僕の鼓動が早鐘のように激しく打ち始める。
「………有希ちゃん。」
僅かに震える声で名前を呼ぶと、僕の存在に気付いた有希ちゃんが弾かれたように立ち上がった。
「沖田さん……」
そのまま有希ちゃんの側までゆっくりと近付いて、僕は仔犬と戯れ続けている男の子を見やり
「有希ちゃん…あの子……」
言い掛けた途端に有希ちゃんの肩がびくりと跳ね上がる。
「聞くまでも無いよね。
………だって、僕にそっくりだ。」
そう言って笑った僕の顔を見つめている有希ちゃんの瞳から、堰を切ったように涙が溢れ出す。
そんな有希ちゃんを抱き締めようと手を伸ばした僕は一瞬躊躇し
「君に……触れても良い?」
と問い掛けると、有希ちゃんの方から僕の胸に飛び込んで来た。
「お……きた…さ…っ……沖田…さんっ…」
泣きじゃくりながら僕の名前を呼ぶ有希ちゃんの身体を力一杯抱き締める。