第3章 君の名を呼んだ
どれくらいの時間そうしていただろうか。
僕は障子戸に背中を預けたまま立ち尽くしていた。
まだ有希ちゃんの嗚咽は止まらないままだ。
「………有希。」
その時、有希ちゃんの名前を呼ぶ風間の声が聞こえた。
僕に突き放されて泣き続ける有希ちゃんの姿を、見るに見かねた風間が迎えに来てくれたんだと思った。
有希ちゃんがゆっくりと立ち上がった気配を感じ、
お願いだから……早く有希ちゃんを連れて行って……
そう強く願った瞬間
「沖田さん……」
また返事をしない僕に向かって有希ちゃんが語り掛けて来る。
「……風間さんと…行きます。
それが沖田さんの望んでいる事なら…」
有希ちゃんが手を掛けて、また障子戸がかたんと揺れた。
「でも……私が愛しているのは沖田さんだけです。
これから先もずっと………
愛しています……沖田さん。」
嗚咽の混じった声で告げられた言葉に僕の視界がじわりと滲み、今だ口を塞いでいる両手がかたかたと震える。
「………行くぞ。」
風間に促されて、有希ちゃんも遂に障子戸から離れた。
二人で僕の部屋の前から去る瞬間に、風間の呟くような声が聞こえた。
「必ず守り抜く。………心配するな。」
それは有希ちゃんに向けた言葉なのか、それとも僕に聞かせたかった言葉なのかは分からないけど……
風間のその一言で僕はとても安心出来たんだ。
有希ちゃん……愛してるよ。
僕もこれから先、愛しているのは君一人だけだから。
例え今この瞬間に僕の身体が朽ち果てたとしても、
僕の心は永遠に君の物だ。
部屋の前から二人の気配が完全に消え去っても僕はその場から動けないまま、心の中で何度も何度も……
君の名を呼んだ。