第1章 その女
「キサマじゃありません。鬼鮫です。下らない聞き間違いをして、頭の程が知れますねえ」
「頭じゃなく耳の問題でしょうよ、こういう場合・・・」
「はあ?!何か言いましたか?」
「いい名前だって言ったんですよ!」
「いい名前?止めて下さいよ、腹立たしい」
「お連れの方、申し訳ありませんが、早くこの人連れて行って頂けませんか?年頃の女の子みたいに情緒不安定で困ってるんですよ」
「誰がギャルです!」
「いや言ってませんし、そんな死語!」
「・・・・・・」
イタチは二人を見比べて、何から手をつけるべきか考えさせて欲しいという顔をした。
「・・・とにかく、こんなところで騒ぐのはいけ
ない。迷惑だ」
「ですよね?ほら、お連れさんもああ仰ってますよ、早く戻って休んで下さい。一晩寝たら良くなりますよ」
「・・・何が良くなるんですか」
「・・・性格?ですかねえ・・・」
「止めろ鬼鮫、訳なく女を殴るな」
五度目が決まる前にイタチが鬼鮫を止めた。鬼鮫は忌々しげに牡蠣殻を見下ろし、
「満更訳がない訳じゃないんですがねえ・・・」
「もうガッツリ殴られてますよ・・・もっと早く止めて下さいよ・・・あんな馬鹿デカい手で殴られたらどれだけ痛いか・・・」
「ふ。様を見なさい」
「止めろ、鬼鮫」
イタチは二人の間に入って、言い合いを止めた。鬼鮫を見上げて、
「矢張り知り合いなのか?兎に角部屋に・・・・」
「上げません」
「上がりません」
「・・・・では表に・・・」
「出ませんよ」
「行きません」
イタチを挟んで鬼鮫と牡蠣殻はぎりぎりと
睨み合った。
「じゃあもう寝ろ」
イタチは、静かにそっと匙を投げた。
「鬼鮫、お前は明日帰れ。この状態では仕事
にならない。今回は俺一人でやる」
「・・・・わかりましたよ、すいませんね、イタ
チさん。もうこの人には構いませんから」
「大丈夫ですよ、こちらからはなんの用もあ
りません。全然ありませんから、関わりません」
牡蠣殻は手を顔の前でブンブン振って請け
負った。
「安心してお仕事に専念して下さい。それで
私には構わないで下さいな。お休みなさい、さようなら」
尚も手を振りながら牡蠣殻は引き戸をカラ
カラと閉めた。
それをじっと見届けて、鬼鮫も部屋の戸に手をかけた。
「間抜けに関わったりしたから流石に疲れま
したよ。おやすみなさい、イタチさん」
「・・・・・」