第27章 黄泉隠れ
波平が上がりきった手をフッと下ろした。
ザワッと全身が総毛立つ。
風が中央に列んでいた数十人の磯人を吹き囲み、ガクンと足を踏み外したような異様な感覚の後、不意に何もなくなった。
列の中央が、波平と老人らのいた場所が、空っぽになっている。
「・・・・・・・」
鬼鮫は木の葉の人々同様、言葉もなく立ちすくんだ。
シンとしている。耳が痛くなる程。
「・・・黄泉隠れだ」
飛段がポツンと言った。
「・・・参ったな。アイツ、若ェのに本物の磯影か」
「・・・黄泉隠れ。これが・・・」
呟いて鬼鮫はフッと笑った。
「・・・成る程。この磯影は愚かな鳥ではなかったようですね」
少しずつ音が戻ってきた。木の葉の人々が密やかに会話を交わすざわめきがさざ波のように辺りに広がる。
その上を、真白い鳩が大きく一つ円を描いて飛び去って行った。
「・・・雪渡り・・・?」
鳩は砂の方角へ小さくなって行く。
鬼鮫はきびすを返して窓から離れた。
「行くのか?」
飛段に問われて、振り返りもせずに頷く。
「頭領が跡を濁さず発ったのです。説教してやらねばなりませんよ。跡を濁しっぱなしのあの馬鹿に」
「おお、こわ。逃げろォ、牡蠣殻ァ」
「・・・あなた、さっきからデイダラと同じような言を二回も言ってますよ。フ」
鬼鮫は苦笑してドアを開けた。
「帰ってデイダラに散開の話をしてやんなさい。仲良しの彼女は磯影とは去らなかったようだともね」
磯影と呼ばれるのを嫌った波平は、磯影の証を示して新しく歩き出した。牡蠣殻にも聞かせてやらねばならない。鬼鮫もまた動く。
話がしたい。触れていたい。手をとりたい。痛め付けて動けなくしてでも側に置きたい。あの女の息の根は自分が引き取りたい。
先は長そうだが、あの女と連れ立って歩くのだ。
鬼鮫は部屋の外へ大きく踏み出した。