第1章 その女
ピシ。
鬼鮫の部屋も閉じられた。
イタチには、何が何だかわからない。ただ、任務の相方である干柿鬼鮫の様子が可笑しい事だけははっきりしている。
決して穏やかで優しい人間ではないが、タガの外れた様を見せるような男でもない。まして始めて会った女に喧嘩をうるような幼稚な真似するタイプではあり得ないと思っていた。それくらいならむしろ相手を叩き潰して後腐れを残さない筈。
だからこそ騒ぎを起こすなと釘をさしたのだ。鬼鮫は簡単に人を始末しすぎる。
それが何故あの女と延々と愚にもつかない言い合いをしていたのか。そもそもあそこま
で鬼鮫に言いたい事を言っている人間は初めて見た。腹を立てながら、拳を落としながら、しかしそれを許している鬼鮫も。
あっさり殺されていたかも知れないのに、牡蠣殻は別状なく部屋に戻った。
イタチはフと生真面目な顔で考え込むのを止めて、呟いた。
「任務に支障が出ないのならば悪い事ではな
い」
あれだけ苛立っていながら殺さずに関わるのならば、あの鬼鮫には良い機会になるかも知れない。
正直、ちょっと面白くもあった。
"鬼鮫が人と戯れるとは、思いがけなかった"
あんな鬼鮫も悪くないだろう。
不意に、牡蠣殻の部屋の戸が開いた。
「あ・・・」
イタチを見た牡蠣殻は、会釈して、そのままそっと戸を閉めた。
「・・・・・・・」
鬼鮫の連れ故に明らかに警戒されている。
「・・・・まあ・・・・・・問題ない」
不本意だが問題ない。釈然としないがまあいい。イタチ自身には関係のない相手だ。
「おや、イタチさん」
今度は鬼鮫が顔を出した。
「何してるんです?休んだ方がいいですよ」
「・・・・ああ、わかっている」
何かこういうときにぴったりな言葉があったような気がするが、イタチはそれを深追いしないように努めて鬼鮫に背を向けた。
「お休みなさい、イタチさん」
「・・・・・・」
確か何かは犬も食わないのだ。しかし、この二人はその何かではないし、改めて考えると全然状況にあっていない。この場合、いい面の皮というのが一番しっくり来ないか?
結局思考を深追いしつつ、イタチは悶々と部屋に戻った。
その女、牡蠣殻磯辺と干柿鬼鮫は、こんな風にして出会った。
劇的でも何でもないが、兎に角、こうして関わり始めた。