第1章 その女
「さぁ、どちらかと言うと長生きするしないより、死ぬときは畳の上で、が重要事項ですかねえ・・・」
「わかってない様なので教えて差し上げますがね、口の聞き方に留意しないと双方叶わない夢になりますよ、あなた」
「いやいや、貴方がここに現れるまで、そんな事はなかったですよ、間違いなく」
言ってから牡蠣殻はハッと疑いの目を鬼鮫に向けた。
「・・・貧乏神?」
鬼鮫の拳が牡蠣殻の頭頂部で、ごつんと鈍い音をたてた。
「誰が貧乏神ですか。大体それを言うなら死神でしょう、この馬鹿女」
「ああ、死神!そうですか、干柿さん、死神ですか。成る程、干柿なんかしわくちゃで真っ黒でいかにも死んでますもんね。巧い名前ですねえ」
頭頂部を撫でさすっていた牡蠣殻の両手の上に、再び鬼鮫の拳が振り下ろされる。
「誰がしわくちゃで真っ黒でいかにも死んでるんですか?私は死神ではないし、干柿は巧いことつけた洒落じゃなく私の本名です」
「あら、失礼しました。私、干柿好きですよ。美味しいですよね、あッ」
三度振り上げれた鬼鮫の拳に慌てて飛び下がった牡蠣殻だったが、鬼鮫のリーチの長さに追い付かず、敢えなくまた痛い目を食らった。
「・・・ッちぃ・・・、干柿さん、腕は長いですね・・・」
「ほう?私の足が短いと?」
「いやいやいや、待て待て、待って下さい、言い間違いで目くじら立てないで下さい」
「また上手に言い間違えましたねえ。てっきり首が体に埋まるほど殴って欲しいのかと思いましたよ」
「鬼鮫、何をしている」
不意に静かな声が割り込んで来た。
「・・・ああ、イタチさん」
鬼鮫は一呼吸置いて相方を振り返った。
イタチが、自分の部屋の前で半ば呆れたような、しかし厳しい顔をして鬼鮫と牡蠣殻を見ている。いつからそうしていたのか、不覚ながら鬼鮫は気付いていなかった。
それも含めて、イタチは厳しい顔をしているのだろう。不覚だった。
こんな馬鹿馬鹿しいやり取りは物心ついて以来初めてだったし、物心つく以前にもあろう筈がないから、空前絶後の下らなさに思わず警戒を怠ってしまったのだ。
息を吸って吐くようにいつも警戒して生き
て来たというのに。
"馬鹿と間抜けは恐ろしい・・・矢張りこの女、ここで殺しておいた方が・・・"
「・・・ぷ。キサマって・・・」
ごつん。
イタチの目の前にも関わらず、鬼鮫は四度目を牡蠣殻に食らわせた。