第10章 狙い狙われ
「磯の長とも思えない豪胆さですねえ。浮輪波平と言いましたか、四代目磯影は」
牡蠣殻と会って初めて知った名である。そもそも磯の里自体がマイナーなので、磯に影がいた事が驚きだった。
「豪胆・・・」
深水が妙な顔をする。
「豪胆とは、正直言い難い・・・が、なかなか優秀な方ではあります。人によっては食わせ者と呼ばわる事もある。・・・私も正直、そう思わぬでもない。義弟を斯様に評するのもどうかと心苦しくはありますが」
「義弟?」
鬼鮫は片方の眉を吊り上げた。
「義弟って事は深水さん、磯影の義兄なんですか」
深水は苦笑する。
「磯を知る里の外人は磯影と言いますが、伝来の土地を棄ててからの磯には影はおりませぬ。里人皆で定めた事、磯影は三代目波破様が最後となっています。干柿さんは黄泉隠れをご存知ですか?」
「噂には聞いた事がありますね。怪談話の類いでしたが」
鬼鮫は眉根を寄せた。神隠しや天狗の隠れ蓑といった人隠れの話だったように思う。戦後のどさくさに湧き上がる都市伝説らしく、噴き出して瞬く間に消えた怪談話だ。
「仔細は申し上げませぬが、それを起こす事が出来るのが磯影足る者の資格。我が身一つに仕掛けるならば寧ろ磯では大人から子供まで嗜みのうちですが、磯影の黄泉隠れは桁が違う。しかし、波平様にそれが出来るかどうか・・・」
深水は首を傾げて言い淀んだ。
「何かと読めない人だが、ここまでわからぬ事をなされるとは」
牡蠣殻を見遣って苦い顔をする。
「音に通じて災いを招いた私が言う事ではないが、それにしてもこれを好き勝手に出歩かせるとは短慮に過ぎる・・・些細な事でも足をとられかねないというのに、一体何を考えておられるのか・・・」
独りごちて深水は鬼鮫を見上げた。
「出来が悪く考えの浅い鉄砲玉ですが、干柿さん、当面はこれをよろしく頼みます」
「・・・あなたの希望に沿う形かどうかはわかりませんがね」
抑え込まれた二の腕をああでもないこうでもないともがかせている牡蠣殻に一瞥をくれて鬼鮫は口角を上げた。
「取り合えず、私以外の人間には手出しさせるつもりはありませんよ」