第10章 狙い狙われ
「はだだ・・・」
「今一人で動いたらどうなると思っているんです。余計な仕事を増やさないで欲しいですねえ・・・・ええ?牡蠣殻さん?第一、私はまだあなたに用があるんですよ?話が終わるまで待ってなさいと言いましたよね?確かに言いましたよね?わざわざ出向いたらすれ違いで、散々やきもきさせた挙げ句に勝手にどこへ行こうっていうんですか?また土鳩を苛々しながら待ってろって言うんですか?手紙を盗み見したがる輩は出るは、返信はなかなか来ないは、やっと会ったと思ったらサソリと喧嘩してるは、ちょっと吊り上げたら死にかけるは、心底腹が立つんですよ、この・・・馬鹿女がッ」
「何をそんな怒ってるんです?そう迄言いたい事があるならちゃんと聞きます。まずこの手を放してくれませんか?」
「ふん」
鼻を鳴らして牡蠣殻を捻り上げていた手を放すと、鬼鮫はスイッと背を伸ばして目を瞬かせている深水に顔を巡らせた。
「何ならすげ替えましょうか、この頭。喜んでお手伝いしますよ?」
「ほう・・・成る程すげ替える・・・」
「・・・先生、何を検討してるんですか。ちょっと止めて下さいよ」
捻られた口元をさすりながら牡蠣殻は鬼鮫と深水から距離をとろうとした。鬼鮫は長い腕を伸ばしてその二の腕を掴み、
「牡蠣殻さん、あなたがここにいるのは誰が知っています?」
極力口調を抑えて尋ねる。
「先生だけですよ。思い立って出て来ただけですから・・・」
「・・・磯は用心深いと聞きましたが、これはまた随分とゆるい・・・」
「いや誤解しないで頂きたい。そんな真似は許されていません。牡蠣殻、お前、波平様にお許しを頂いたのではないのか?」
深水は慌てた様子で牡蠣殻に確かめる。牡蠣殻は眉をひそめて可笑しくもなさそうに笑った。
「里を出るのに波平様の許可を頂いた事はありません。おおっぴらに他出を許されたのは昨年の一件を除いて他はない。私はこういう体ですし、立場も立場ですから」
一年前を思わせる笑い方に鬼鮫はフッと牡蠣殻の腕を握る手に力を入れた。
「何と、牡蠣殻・・・」
深水は呆気に取られて牡蠣殻を凝視した。牡蠣殻はそれを見返して、
「ですが私がこうして出歩く事があるのは波平様もご存知ですよ。暗黙の了解を頂いていると理解しています」
「何を考えているのだ、波平様は・・・」
深水は予想だにしていなかった事らしく、茫然の態をさらしている。