第10章 狙い狙われ
牡蠣殻は朗らかにいうとやれやれと腰に手を当てて伸びをした。
「さて、私はそろそろ行きますね」
「・・・・」
深水がフと不安げな顔をした。
「行く・・・とは、お前、まさか木の葉に向かうつもりか?」
牡蠣殻は、ん?と不思議そうに深水を見返した。
「駄目ですか」
「いや・・・駄目と言うかな・・・お前・・・」
「何ですか」
「・・・・・」
「・・・・・先生?」
「干柿さーん、ちとお出で頂きたい!」
「あらら?どうしました、先生?干柿さんならイタチさんとお部屋で密談中でしょう?呼んだって来やしません。悪い顔してましたからね、大方ロクでもない話をしてイタチさんを困らせてると思いますよ。くわばらくわばら」
「・・・くわばらくわばらってそもそも雷よけなんですよ、ご存知でしたか」
「はいはい、存じてますよ。桑畑には雷が落ちにくいが転じて桑原やら悪戯な雷を調伏した和尚の寺のあった地名だやら諸説紛紛ですが、私はサンスクリット語の魔除けクワンバランが基になったって説が好きです。クワンバランって響きが面白いから。癖になる響きですよねえ。クワンバランクワンバラン・・・」
「それ、魔除けでしょう。魔除けの言葉を無闇に言い募るもんじゃありません。効力がなくなると聞きますよ。まあどっちみち魔除けなんて効くもんじゃありませんがね」
「・・・・あれ、干柿さん、イタチさんは?」
「呼ばわる声が聞こえたのでね。今度は何事ですか」
渋い顔をして鬼鮫は深水と牡蠣殻を見比べた。牡蠣殻は牡蠣殻で感心したように鬼鮫と深水を見比べて、
「呼ばれてすぐ現れるなんて、王子様ですか、貴方は」
「何と、ではお前はこの私をプリンセスだとでも言うのか。心外な!」
「大丈夫ですよ、先生。干柿さん心はギャルですから」
「ギャルとな!ギャル・・・!」
「と、なると先生がプリンスと・・・ひだだだだッ」
「まだ言いますか、この口は。深水さん、馬鹿話を聞かせる為に呼んだのなら私にも考えがありますよ?」
牡蠣殻の口元を引っ張りあげながら、鬼鮫は深水をじっと見た。冷たい視線を受けた深水は、ぽんと手を打って我に返ったような顔をする。
「干柿さん、この牡蠣殻ですが」
「ええ、あなたの出来の悪い教え子が何か」
「木の葉に向かうと言っております」
「流石出来が悪いだけある」
鬼鮫はフと口角を上げて、牡蠣殻の口元を捻る手に力を入れた。