第1章 その女
「・・・わからないんじゃ仕方ないですねえ・・・」
「まあ、痛い目に遭いたくなければ私に関わらないで下さい」
「・・・先程貴方が訪ねて来るまでは全然無事関わってなかった訳ですが、大丈夫ですか?干柿さん?」
「殴るか殺すかされたいんですか?」
「つまり、そうしに来たという事ですか?」
「目に入った瞬間にそうしたいと思いはしましたがね。ムカつくんですよねえ、あなた」
「私、何かしました?」
流石に牡蠣殻の表情が曇る。
その顔に鬼鮫の嗜虐心が沸き返った。
手を伸ばして牡蠣殻の顎を掴み、体を持ち上がりかけるほどの力で上向かせる。
牡蠣殻は悲鳴こそ上げなかったが、息を呑んで鬼鮫の腕に手をかけ、それを外そうとした。が、勿論敵う訳がない。
心持ち腰を屈め、鬼鮫は牡蠣殻の目を間近に覗き込んだ。
「・・・あなた、一体何なんですか?」
「・・・私が貴方に聞きたいですよ。私、何かしましたか?」
「イラつくんですよ、見ているだけで」
「は?」
「 見るだけでイラつくんですよ」
「あの・・・失言を承知でお伺いしますが、そう見えて干柿さん、ひょっとして思春期真っ只中・・・?」
脱力。
鬼鮫は牡蠣殻から手を放して、腕を組んだ。
「あなた私が怖くないんですか?」
「そらここまで訳が解らないと怖いですよ」
牡蠣殻は顎をさすりながら一歩後ろに下り、鬼鮫を見上げた。
「干柿さん、悩みがあるならこんなとこで私なんかに絡んでないで、医者かお連れさんに相談した方がいいですよ」
「・・・わかりましたよ。あなた、本当に口がへらない人だ」
「一個しかないのに減ったらなくなっちゃいますよ」
「ふ。・・・腹立ちますねえ・・・・」
「・・・ならいつまでも関わってないでお部屋に戻られたらいかがでしょうかね」
「隣にいるだけで迷惑なんですが」
「・・・何ですか?移りませんよ、私は」
「ほう?」
鬼鮫は器用に片方の眉を吊り上げて牡蠣殻を睥睨した。
「初めに移ってくれという話を頂いたのならまだしも、干柿さんが移られたらいいじゃないですか」
「何で私があなた如きのために部屋を変えなきゃならないんです?」
「・・・如きって貴方、干柿さん・・・どうも貴方豊富ではありますが語彙の用法に問題を抱えている様に見受けられますよ?」
「あなた本当に面白い事いいますねえ。あまり長生きには興味がないようだ」