第9章 火影 磯影 木偶の坊
「あのおっさん・・・」
呟いたシカマルにカカシは頷いた。
「里人が一人拐われたってね。まあ磯の人が手を打ったらしいから、多分大丈夫でしょ。そもそも磯は逃げるのが尋常でなく上手な人たちがいっぱいいるんだから。でもそれで帰って来ないって事は案外本人に逃げるつもりがないのかもね」
やっと来たオススメセットをテーブルに並べて、カカシは他人事のように続けた。
「帰って来る気のない逃げ上手を捕まえるのは、難しいかもしれないなあ」
深水が手当てを済ませると、肩口まで拡がっていた牡蠣殻のアザはやっとその進行を止めた。
「薬がないと、この体は如何ともならぬのです。生まれ付いての事、厄介ですが付き合って行くしかない。それ故これは本来他に増して細心の注意を払って然るべきなのに、選りに選って他に増しての粗忽者ときた。本当にしようもないヤツです」
牡蠣殻は気を失っていても素直に吸呑の薬を飲み下していた。慣れているのだろう。
深水は険しい顔で牡蠣殻を見下ろし、
「これだけ厄介で出来の悪い患者も教え子も、この牡蠣殻くらいのものですな」
吐き出すように言い捨てた。
「また随分お厳しいんですねえ・・・。出来が悪いのはお嫌いですか?まあ、聞くまでもないでしょうけど」
寝台の傍らで腕組みして様子を見ていた鬼鮫は口角を上げて尋ねた。
「まさか。出来の悪い子程可愛いというではありませんか」
「ほう?では出来の良い子はどうです」
「尚増して可愛いですな」
「・・・成る程。正直でらっしゃる」
「私、偽りは申しませぬ」
「ええ、そうでしょうね。そういう面倒臭そうな気配でいっぱいですよ、あなたは」
鬼鮫は目顔で促して深水を卓につかせた。
そこではイタチが難しい顔で眉根を寄せて考え込んでいる。
"一体何の話をしたんだか・・・"
気にはなったが、先ず自分の話が先だ。お茶を勧めて深水の向かいに座る。
「で、深水さん。あの手紙なんですがね」
「おお、牡蠣殻に書かせた文の事ですな。いや、長くなってしまって申し訳ございませなんだ。時候の挨拶を欠かす事の出来ない性分でして、いやはや、読むのも一仕事でありましたでしょうな!」
「・・・・・」
イタチが咳払いして、鬼鮫は呑気に寝ている牡蠣殻をチラリと睨んだ。
"どんだけ端折った手紙をよこしたんですか、このガサツ者は・・・"