第9章 火影 磯影 木偶の坊
「深水は医術忍術共に優れていながら、真面目一方で融通が利かない質と生来の短気で、頭角を現す事なく五十の峠を越えた実直な男です。そして音が欲しがった里人の主治医であり、教師でもある」
「裏切りそうにないが、裏切り易い立場にある」
「そうなりますか。一つ本人に話を聞く必要がありそうですね。姉が悲しむような流れにならなければ良いのですが」
「報告ではかなりの遣い手らしい二人組に拐われたと聞く。心当たりは?」
「サッパリですね。磯と遣い手ほど縁遠いものはない。だから跡を追える者に頼みましょう。デグ」
窓から一羽の鳩が飛び入って来た。挨拶のつもりか、チラリと綱手の左肩を掠めて波平の腕に止まる。綱手は驚いて榛色の鳩に見入った。
「・・・伝書鳩か。移動ばかりの磯に伝書がいたとは・・・」
「代々私達と流浪し続けてきた、これらもまた磯の里の者です。これの名は木偶の坊。一族のホープです」
「・・・一日四合の玄米は食い過ぎだろう・・・」
「味噌と玄米ばかりじゃ結核にもなりますよねえ・・・」
「そういう由縁で名付けたのか?大丈夫か、こいつ・・・片道切符で南十字星に行かれちゃ困るんだが」
「これはデグボッボウと鳴くので名付いたのです。メランコリックな質ではありませんからご心配なく」
請け負って波平はデグを空に放った。放たれたデグは里の上を旋回し、迷いなく飛び去っていく。
「残念ですが、話の続きは深水が戻るまでお預けです。気の毒な山賊の件も含めて後の事は彼が詳しく説明してくれるでしょう」
波平はデグを見送ると、話の間中一度も崩さなかった茫洋とした表情のまま綱手を振り返った。
「私にしても義兄の話には興味津々ですよ。姉には申し訳ないが、どんな話が聞けるのか楽しみです。良い機会だ。私も色々考えてみましょう」
「考える?」
訝しんだ綱手に波平は再び背を向けて木の葉の里を見渡した。
「ええ、・・・・色々とね」