第3章 恩師
イタチは淡々とその目を見返した。
「無効になった交渉の相手が襲って来た。取り引きが無効になったと思っていない証だ。なのに依頼を切り上げ、危険を犯してまで立ち去ろうとするのは他にもっと交渉のしがいのある相手が現れたと言う事か。磯の里はいい取引先を見つけたらしいな。捨て駒が金の玉子に化けたか」
「関わりのない話ですよ。いくらあなたたちと言えど、欲をかいて出しゃばるとロクな目に会いますまい」
深水は唸るような低い声を出した。真面目然とした雰囲気が剥がれ落ち、忍の性が顔を出す。
「血生臭く胡乱な事で俺たちに関わりのない話などない」
イタチは端整な顔に静まり返った表情を浮かべ、豹変した深水を見詰めた。
「誰にも俺たちが何かに関わるのを止める事は出来ない。俺たちは一人で国を傾ける。今後依頼する機会があったなら思い出す事だ。暁を甘く見ない方が良い。・・・人死にが増えるのは俺の本意ではない」
「肝に命じておきましょう」
深水はふてぶてしく笑って答えた。笑顔に殺気がまといつく。
「先生、行きましょう」
牡蠣殻が前に出て深水の背中に手を触れた。
深水の殺気が散った。至極普通にイタチと鬼鮫を睨み付けると、無言で部屋を出る。
後を追おうとした牡蠣殻の前に鬼鮫が立ちはだかった。
「挨拶くらいして行ったらどうです?成り行きとは言え、こっちは一応の護衛を果たしたのですから」
「ありがとうございます。助かりました」
「・・・腹立ちますねえ・・・」
振り出しに戻った。
「今消えますよ。思う様せいせいして下さい。色々お世話になりました。どうぞご健勝で」
「・・・ご健勝ねえ。ご自分の心配の方が先でしょう?次会うまでに生きている事を願いますよ。私から楽しみを奪わないよう、せいぜいお元気で」
「もう十分楽しんだでしょう。お仕事とは言え、ご苦労な事です。実に見事な働きぶりでしたよ。気を許した自分に腹が立ちます」
牡蠣殻は鬼鮫を睨み付けた。
「続きはお一人でどうぞ。私には貴方に払うような大金の持ち合わせはありませんし、護衛を頼むようなことも金輪際ないでしょう。次などあり得ませんよ」