第3章 恩師
吹き矢は射程が短い。また何本かが壁に軌跡を残したが、鬼鮫の速さを追いきる事は出来なかった。
「干柿ざん、下ろじで下ざい・・・」
「黙んなさい。舌を噛みますよ」
「口がら内臓が、出ぞうで、ず・・・」
「出せるものなら出してごらんなさい。私が片付けてさしあげますよ」
吹き矢の出所らしい帳場の死角にあたるあの熊の陰に入ると、鬼鮫は牡蠣殻を下ろした。
「ふ、成る程大きいのはいい事かも知れませんね、牡蠣殻さん」
油断なく辺りに目を配りながら、背後で海老みたいになってうずくまる牡蠣殻に声をかける。
「今の、一体何だったんでずか・・・」
「吐きたくなければお黙んなさい」
「じゃ話しかげないで下さいよ・・・」
帳場の陰に、人影が持ち上がった。
「・・・・・」
一瞬身構えて、鬼鮫は力を抜いた。
「イタチさん」
片手に小柄な男を引きずって、イタチが現れた。どさりと男を投げ出し、
「他に仲間はいないようだ」
顔色一つ変えずに告げると、鬼鮫の陰の牡蠣殻を覗き込む。
「大丈夫なのか?本当に食べ過ぎか?毒を盛られたのではなく?」
「大丈夫でしょうよ。毒を盛られたにしては饒舌過ぎる・・・」
牡蠣殻を振り返った鬼鮫は、ギクリとした。
牡蠣殻の下に三十㎝程の血溜まりがある。
「牡蠣殻さん?」
側に屈み込むと、牡蠣殻は情けない顔でダラダラと流血する右腕を上げて見せた。
「ぢょっと擦りむきまじた」
「ちょっと擦りむいた血の量じゃないでしょう。何を馬鹿な・・・見せなさい」
「大丈夫です。・・・ぅ・・一度出血すると薬を使うまで止まらないのです・・・そういう体質なのです・・」
イタチと鬼鮫は顔を見合わせた。
「申し訳ありませんが、部屋に連れて行って下さい。薬が部屋に・・・それと、お手数ですが、どうか先生をお連れ下さい・・・お願いします・・おぇ・・」
吹き矢の主は音忍だった。
男の額あてを凝視して、牡蠣殻は底の見えない顔をした。
傍らに寄り添って立った恩師だという男、深水は牡蠣殻と一緒に暫く音忍を見ていたが、やがて牡蠣殻を促して鬼鮫とイタチに向き合わさせた。
「この度は牡蠣殻が大変お世話になりました。粗忽者ゆえただならぬ迷惑をおかけした事と思います。ありがとうございました」
思いの外甲高い声で言うと、牡蠣殻の頭に手をかけて共々に一礼する。
"癇に障る男ですねえ・・・"