第25章 犬も喰わない・・・・
「いいから座りなさい。まともな器はありませんよ。何せただの宿ですから」
「あ、結構です」
牡蠣殻は腰の鞄から小さな袋を取り出した。中から柔らかい布に包まれた白みの勝った象牙色の湯呑みが二つ現れる。
「良ければお使いになりますか?」
「あなた湯呑みなんか持って歩いてるんですか?あなたのその腰の鞄は青いタヌキの白いポケットですか?全く変わっていますねえ・・・」
椅子を引いて隣に座った鬼鮫に、牡蠣殻はちょっと引いた。
「前から不思議だったんですがね。何で干柿さんは向かいじゃなくて隣に座るんです?話し辛い事ないですか?」
「逃げるでしょう、あなた」
鬼鮫は日本酒を開けて牡蠣殻の湯呑みに注ぎながら、当然のように答える。
「・・・あー、成る程・・?」
鬼鮫から日本酒を受け取って酌を返しながら、牡蠣殻はわかったようなわからないような顔をした。湯呑みを前に両手を合わせる。
「いただきます」
「・・・私も前から不思議だったんですがね。それ、食事の際の仕草ですよね?飲酒のときは普通乾杯だと思うんですが?」
「乾杯したいんですか?祝う事は取り立ててないですから、乾杯するなら文字通り杯を乾すまで口から放しちゃなりませんが、それでもいいならしますよ、乾杯」
「成る程。いや、したい訳ではありませんよ。むしろしろと言われてもしませんからお気遣いなく」
「・・・呑み干した後に杯を叩きつけて割ったりしそうですよね、干柿さん」
「叩き割ってもいいというなら言いますよ。後何個持ってるんです?」
「・・・・一つですけど・・・」
「なら手元のものとあなたの分も合わせて三回言いましょう」
「・・・いきなり破壊衝動をぶちまけてきましたね」
「何ででしょうね、あなたのものだと思うと吝かでなくなるのですよ。不思議ですね」
「・・・前世とやらで、貴方は女の童で私は犬だったのかもしれませんねえ。因縁深い・・・」
「・・・犬も大概ですが敢えて私に女の童を当ててくる辺りにそこはかとない害意を感じますねえ・・・」
「いや、だから干柿さんの情緒不安定さは素敵にギャル色を帯びているのかと思いまして」
「・・・あなたもう言いたいだけなんじゃないですか、ギャルって」
「あれ?プリンセスの方がいいですか?いいですよ、それでも」
湯呑みをスカッと空けて牡蠣殻は真顔である。
「それで干柿さんのお話というのは何でしょうか」