第25章 犬も喰わない・・・・
「・・・誰を信じると言って恋しい相手の名があげられないようでは、人を好きになる甲斐もないんじゃないですかね?」
「直裁的ですねえ」
「煙草吸っていいでしょうか」
「ああ、どうぞ」
鬼鮫が頷くと、牡蠣殻は腰の鞄からやおら煙管を取り出した。興味深く見守る鬼鮫の前で刻み煙草を揉んで詰め、マッチで火を着ける。柑橘類に似た花の匂いがした。
「刻み煙草ですか。花の匂いがする」
「杏可也さんの残して行ったものを頂いたので。天竺葵の香りですよ、これは」
「おや、あの人も煙草を嗜むのですか。気付きませんでしたね」
「お子がお出来になったので止められたのです」
「ああ、成る程」
牡蠣殻は杏可也の置き土産である煙管の、雁首に彫り込まれた百合の花を指でさすりながら考え込んでいたが、やがて口を開いた。
「・・・あなたは波平様の気持ちについて言われましたが、これは正直わかりません。本人から何か言われた訳でもなし、この類いの事に暗愚な私にはっきりしているのは、何故だか貴方が恋しく思われる、この一点に尽きてそこで終わる。自分でもよくわからないのですが、本当にそれだけなのです。他の事はよくわからない」
鬼鮫は黙って聞き入っている。
「遊廓と賭場の話については、ご自由にとしか言い様がありません。私はあなたの側に常に居る訳ではないし、あなたの自由を束縛する何の権利もないですからね。しかし磯を知る事で私を知ろうとしてくれていたのではないかと考えると、そこは嬉しく思います」
「・・・ほう・・・随分素直ですねえ。面白い」
「最後に何故貴方が怒っているのかというお尋ねですが、これは多分私が筋を通さずに消えたからなのではないでしょうか。一つ言い訳するならば、いずれ暁には顔を出すつもりでいました。今回の件で迷惑をおかけしましたし、報酬を支払わねばなりませんから」
「・・・あなたは必要なことだけを話すと恐ろしく愚直になるんですねえ。面白い」
「・・・面白い面白いって、何ですか。そんなに面白かったですか。それは良かった。わかりました。私はもう行きます。焼肉屋で呑んできます。田酒が私を待っていますからね。まあとっくに波平様に往生させられてるでしょうがいいですよ。次は鬼殺しを頼みますから。肴は鮫でしょうね、必然的に。思いの外何でもあるんですよ、あの店は」
立ち上がって鬼鮫を睨む。