第25章 犬も喰わない・・・・
鬼鮫は牡蠣殻の口元から手を放し、今度は襟首を掴み上げた。
「姿を眩ますとはどういう事です?カブトに何を言われました?あなたは私を好きだと言いましたが、どうやら浮輪さんもあなたにそうした気持ちを持っているようですよ?どう思います?出先で調べ巡ったのは遊郭ではなく賭場です。何でそんなところを歩いてまで磯を調べたのだと思いますか?どうして私が怒ったのかわかりますか!?」
「それに全部答えればあなたとまともに向き合った事になるのでしょうか」
牡蠣殻の真黒い目が珍しく真面目な色を帯びた。
「苦しいですよ、干柿さん」
鬼鮫は牡蠣殻から手を放した。
牡蠣殻は襟を直して寝台に腰を下ろした。
「私のせいで随分人が死んだと聞きました」
「カブトですか」
「怖いですね。私のせいで死んだ人が大勢いるようです。いるようです、なんですよ。私は間接的に人を殺しておきながら何もわかっていない。更に悪い事には今後もそれは起こりうる訳です。私の血がある限り」
牡蠣殻は大きく息をついた。
「磯は強い里ではありません。逃げ隠れにも限度がある。音のような里と関わりを持った以上、私は里にいるべきではない。散開によって規模は縮まりましょうが、恐らく磯は残ります。これからが大切な時期です。私がいては反って波平様の足に枷をつける事になる。元より里は抜けるつもりでしたが、散開は渡りに舟、争いの種になる私はそれに乗じて消えた方がいい」
「何で話してくれなかったんですか。機会がなかったとは言わせませんよ。私たちは里を抜ける事について話している」
あのときも牡蠣殻に煙に巻かれている。鬼鮫は苦い思いで牡蠣殻を見つめた。
「何でしょうねえ・・・疲れたんですかねえ・・・。これ以上迷惑をかけたくなかったし、それを説明するのも億劫だった。身軽でいれば逃げ隠れも巧妙になりますしね。自分でいうのもなんですが、その気になった磯の逃げ功者はおいそれと捕まるものではありませんから」
「私からも逃げるつもりだった訳だ」
「機会があればいつでも会えますよ。貴方は本来繁雑な方でしょう。私に拘り合っていられる身の上ではない筈」
「見くびられたものですね」
鬼鮫は眉を上げて腕を組んだ。
「あなた一人の事で遅れをとる程度の者が仮にも人一人の生殺与奪を握ろうとしますか。私はあなたの里とは違って断じて脆弱ではない。信じられませんか?」