第23章 散開前
客舎の食堂では、唐突に現れた波平と湯呑みに手をかけて顔をしかめた牡蠣殻が向き合って座っていた。
呆れた様子で牡蠣殻が波平を見やる。
「そんなに急いで来なくても、誰も貴方の朝食を横取りしたりしませんよ、汐田さんじゃあるまいし。・・・お腹減って矢も盾もたまりませんでしたか?」
卓に置かれた急須にお湯を注いでお茶を淹れながら波平が答える。
「藻裾なら綱手様と談笑しているよ。生憎矢も盾もためた事がないのでね。どうなんだろうね、ソレ」
「それはそれは。見当たらないと思ったらそういう事ですか。・・・移動するに足を使わないと萎えて難儀しますよ?」
「実にあれらしいだろう。・・いつもは足を使ってるからね。心配ない」
「心配してませんよ、心配ありません」
「そう。なら心配要らないな」
「ええ、心配要りません」
「100エーカーというのは広いのかな?狭いのかな?」
「1エーカーが2250畳ですからね。100エーカーもあれば広いと言って差し支えないんじゃないですか?」
「畳で換算されると想像が難しいな」
「ならご自分でお調べ下さいな。何ですか?頑なにズボンを履かない熊の話がしたいんですか?彼は栄えあるディズニーワールドに身をおきながら、ポーランドで猥褻罪に問われている無頼漢ですからね。話題にするなら細心の注意を払って下さいね。国際問題を草の根運動で発展させたりした日にはいい物笑いの種ですよ?大丈夫ですか?話題を変えますか?そもそも話題を変えたのは貴方ですがね、もう一度舵を切るのに吝かじゃありませんよ、私は?」
「その熊はあれでいて存外蘊蓄深いだろう?心配を心配しないというのはいかにも彼が言いそうな事だ。そういう話」
「回り道が過ぎますねえ・・・単刀直入にお願いしますよ」
「お前の話が長かったからね。大回りになってしまった」
「あらら、私に投げてよこすんですか?思いっきり打ち返しますよ?顔面狙いで投手返しカマしますよ?その瞬間の私と来た日にはイチローも目じゃないですからね?ベーブ・ルースがあの世からサイン求めに来ますから。もうヘイユー、インクレディボーとか言って来ますから」
「また底の浅いベーブ・ルースだね。大体彼はもうイチローに記録を破られてるだろう?サインならイチローに貰ってとっくに成仏しているよ。インクレディボーとか言ってわざわざ死に恥さらしに現れないから安心しなさい」