第23章 散開前
「ほう?お前面白いな」
「腹が膨れてりゃもっと面白いんスけどね。うん。あ、伝染った」
藻裾は忌々しげに舌打ちして、
「変な男なンですけどね、文句の言い甲斐があって打たれ強いのがいるんスよ。チビなのが玉に瑕ですかね。コロボックルみたようなんスよ。ま、ソイツがうんうんうるさいんで、伝染っちまったんです」
と、笑った。
「そういやジャンジャンうるせえ打たれ弱いのもいたな。やりあや強ェのに、コイツも変なヤツですよ」
「で、お前が好きな男はどっちなんだ?」
にやにやする綱手に、藻裾はきょとんとしてから大口を開けて笑った。
「ないない。ないスよ。アタシが惚れたのはジャーキーとデコピンくれた人!」
「興味深いな。・・・ところで藻裾とやら、波平がひっそり失せたがわかっていたな?」
綱手に言われて藻裾は波平のいた筈のところを見た。
「あれ?」
「責められるのに厭いたかな・・・」
綱手は顎の下で手を組んで溜め息を吐いた。
「里人の自由と言いながら散開と告げるところが気に食わん。磯に残る者も多いだろう。己れを過小評価しているのかやる気がないのか、どうにも覇気がなくていかん、あの男は」
「何も考えてねェって目もありますヨ。三、七くらいかな。賭けます?」
藻裾が真顔で言う。
そろそろ磯人の元へ報せが出される頃だ。
綱手は苦笑して腕を組んだ。
「アタシに賭けろって?フ・・・」
視線を巡らせ、窓の表、歴代の火影像を眺めて口角を上げる。
「どうせなら波平の鼻をあかしてやる目に賭けようか?食えない磯影を困惑させるのも一興だな。乗ったぞ、藻裾」
「ノリいいスねえ、五代目」
「アタシは磯の散開、磯に何一つ残らないと賭けよう」
「はあ?」
「何も考えてなさそうな男の画策がどういう結果になるか?藻裾、伸るか反るか」
「三つに割って二つが残る。乗った」
「いいだろう。楽しみな事だ」
綱手は人の悪い顔をした。藻裾もにやりと笑う。
「アタシ、賭け事だけは強い方じゃないけど、なンでしょうねえ、負ける気がしねえ」