第17章 鬼鮫と磯辺
「何だかテメエが団子になったみてェだなァ」
「いい匂いですね」
今度は自分の手当てをしながら、牡蠣殻は笑って頷いた。
紅は消えた、と言ったが、何の事はない。あの時、飛段は藻裾の様に牡蠣殻を連れて咄嗟に二階から飛び降りて、そのまま立ち去ったのだ。
「牡蠣殻、顔色が良くねえぞ。休め」
出血の止まった手を透かし、裏表と反してみながら、飛段は牡蠣殻に言った。
「そもそも鶏ガラだかんな。血もちょびっとしかねェだろ、アンタは。あんま動かねェ方がいんじゃねえの?」
「いえ、行きましょう。先生たちがどうなったか気になります。ここに居ては知れません。それに、干柿さんに謝らなければ」
「はぁ?何で謝んの?まあ確かにすンげえ怒ってたけどよ、あの鮫。アンタ、アイツに何した訳?」
飛段の問いに牡蠣殻は、ん?と考え込んだ。
「口を開けば怒らせてばかりいるから、何が何やら。大体何で怒ってるのかよくわからないんですよねえ、あの人。初めから怒ってましたから。もう。既に。カンカン。さっぱり訳が解らない」
「はぁ?」
「でもまあ今回だけはわかる気がします。心配をかけてますからね。謝らなければ」
牡蠣殻は使い終わった蓬を集めて土に埋めると、手を洗って飛段を見た。
「飛段さん、今後四ヶ月は怪我や傷に気を付けて下さいよ。出来れば仕事は控えて下さい」
言ってから、牡蠣殻は懐を探って煙草入れを引っ張り出した。
「一服していいでしょうか」
「構わねェよ」
「ありがとうございます。失礼」
水辺に座って、くわえた煙草にマッチの火を着ける。
蓬の匂いの中に煙草と一瞬だけ硫黄、それに僅かな栗の香りが混ざって立ち昇った。
「煙草ってそんな旨いモンか?」
牡蠣殻の隣に屈みこみ、膝に肘をついて頬杖し、飛段は白い煙を目で追った。
「旨いですよ」
「ふぅん。・・・真面目そうなアンタが煙草吸ってっと、なァんか妙な感じがすんだよなァ。止めといたら?」
「ハハハ。放っといて下さい。全くドイツもコイツも・・・行きましょう」
革袋で煙草を消して、牡蠣殻が立ち上った。飛段も立ち上って伸びをした。
「辛かったらすぐ言えよ。膝枕してやるぜ?ダハハ」
「余計なお世話ですよ」
「あん?」
「相手が違うでしょう」
「おいおい」
飛段は振り返って目を見張った。大きな人影が月灯りを背負ってこちらを見下ろしている。