第17章 鬼鮫と磯辺
「蓬、血止草、弟切草、一薬草、溝蕎麦、鋸草、茅、忍冬、繁縷、薺、酢漿草・・・」
月灯りに照らされた下生えを踏んで進みながら、牡蠣殻は徒然と薬草の名を口にした。
「蒲黄、烏瓜、白詰草、柿葉、峠芝、葛、鬱金、紅花、茜。芽や葉、根、茎、花、実、
種。折々の季節に様々な処方でその時あるものを使います。難しい事はありません。ただ生薬の方が効きが良いように思います。冬場は摘み貯めて保存加工したものを使う他ありませんが、それでも十分ではあります。要は使う側の気持ちの問題でしょうか」
「俺にゃ十分難しいよ。で?あんのか、使えそうな草は」
飛段はあまり熱心ではない様子で話を聞いていたが、顎を掻きながらそこら中に生えている草の群れと牡蠣殻を見比べて尋ねた。
「ありますよ。今時分なら素材に困ることはありません。ほら」
傍らの草を千切って飛段の鼻に寄せる。飛段は妙な顔をしてその匂いを嗅ぎ、お、と、声を洩らした。
「団子の匂いがすんな」
「蓬ですよ」
「旨ェよな、アレ。あ~、腹減ったな」
「はは、後で寿司を奢りますよ。助けて頂きましたから」
「や、そら仕事だからいんだけどよ」
飛段は不思議そうに牡蠣殻を見た。
「何で俺の食いたいモンがわかる訳?すげえな、牡蠣殻」
牡蠣殻は苦笑して、路傍を流れる小さなせせらぎに降りた。摘み取った蓬の新芽と手の甲の針傷を洗い清め、飛段を手招きする。
「応急措置ですから、貴方には何処まで効くか・・・。私ならこれで間に合うのですが、他人に混じった後の血の質がどう変わるのか、正直よくわからないので」
言いながら、揉んで汁を滲ませた蓬に傷から垂れる血を浸け、またよく揉む。
「・・・何やってんの?」
促されるまま牡蠣殻に手をとられ、飛段は訝しんだ。傷を洗い、腰の鞄から取り出した白い柔らかな布で丁寧に水を拭くと、牡蠣殻はそこに、先程の蓬を擦り付けた。
「私の血を止める為には、私の血が必要なのです。簡単な事。簡単な事だけに悪用したい人には決して知られたくないのですよ」
同じように首や顔、針傷のある部分に根気よく手当てをしながら牡蠣殻は言った。
「簡単に悪い事が出来ちゃ、駄目でしょう。難しければいいというものでもありませんが」
水辺にいるせいか、蓬の匂いが強く立つ。
「・・・ああ、効いていますね。良かった」