第16章 八面六臂
「おお、飛段さん格好良い」
「惚れんなよ、牡蠣殻。俺ァ今仕事中。兎に角オメエにここで死なれちゃ何にもなんねェからなァ」
「お気遣い痛み入る。しかし牡蠣殻はうちの里の者なのでね。私の後ろに回してもらいましょう」
背中から聞こえた声に、牡蠣殻がスッと背筋を伸ばした。
「どなたか存じませんが、牡蠣殻に助力頂いたようですね。ありがとうございます。しかしここは任せて下さい。牡蠣殻、この人と退きなさい」
「あぁ?誰だオメエ」
振り向いた飛段の向こうでカブトが眉根を寄せた。
「・・・浮輪?」
藻裾が蹴破った窓辺にぼんやりと訝しげな目を向けていた波平は、おや、と洩らしてカブトを見やる。
「これはこれは、音の薬師さん。この夜更けにどうなさいました?木の葉に御用なら五代目、磯に御用なら私にどうぞ。五代目は繁雑にしておられますが、私ならご覧の通り、すぐに承りますよ?」
波平は黙然として振り返りもしない牡蠣殻に歩み寄った。
「磯辺?私の顔を見て感激しちゃいましたか」
「・・・情けない・・・」
「はい?」
「何を呑みになど行っているのです・・・」
牡蠣殻は血塗れの顔で凄いばかりの三白眼になって波平を睨み付けた。
「あ、怒ってたの?悪かったかな。まあでもあんまり呑んでないからね。安心しなさい。今度はお前も連れて行くから」
「・・・誘って要りません。禁酒しなさい」
「ほう?お前の口からその二文字が出るとは驚きですね。しかし悪くない思い付きだ。禁酒しなさい。子供を持つことを考えれば、禁煙もして貰いたいところ」
「余計な差し出口は結構。貴方がその調子では立つ瀬がありませんよ、私は」
「まあまあ。姉さんは出たようだね。紅に聞いたよ。藻裾が着いて行ったというから心配ないだろう。あれは女性には優しいからね」
牡蠣殻の頭に手を載せ、波平は相変わらずの掴めない顔で言った。その手をベッと振り払い、牡蠣殻は目を吊り上げる。
「紅さんを助けて下さったのですか。一つは良いことをなされたようですね。安心しました」
「私が助けたわけではないよ」
窓の外に顔を振り向けて波平が言う。壊れた窓枠の表、右と左に、アスマと紅、カカシがいた。
「主にあの二人が大活躍した訳だ。一体に私は昼行灯だからね」
「またそれを言う。いい大人が自虐的になるのはみっともいいものじゃありませんよ」
「自虐?そう?」