第16章 八面六臂
「・・・く・・ッ」
身をのけ反らせてそれを避けた男の、小太刀を持つ手を牡蠣殻がふっと握りしめた。
「あ・・」
男が小太刀を取り零した。牡蠣殻は落ちかかる小太刀の柄を手を横様に振るって受け止めながら、相手の腕に自分の腕を蔦のように絡めて捻り、身を沈める。
ボゴッと鈍い音がして、男の腕は牡蠣殻の腕に余る程その丈を増した。
絡めた腕をほどいて牡蠣殻が離れた刹那、飛段がその背中を袈裟懸けに斬り下ろし、男は腕を振り子のように振りながら血飛沫を噴いて崩折れる。
「足りねえなあァ・・・」
敵方のものか自分のものか、最早区別のない血を舐めて、飛段はふうぅぅと息を吐いた。 その横でふらつきかけて足を踏ん張った牡蠣殻が、しかめっ面で血を拭う。
「足りて下さいよ。どんだけですか、飛段さん」
「はいはい。わかりましたよォ。どっちみち後は大将だけだしなァ」
飛段はぶら下げていた太刀を肩に担ぎ上げ、懐手でカブトを見やった。
牡蠣殻は奪った小太刀を脇に投げ、口に入った血を腹立たしげに吐き出した。
「いい加減にしませんか。もういいでしょう」
カブトヘ目を向け、倒れて動かない男達を見回す。
「致命傷を受けたか、昏倒しているだけなのか、いずれ貴方が撒いた私の血が入った以上、この人達はこのままじゃ助かりませんよ。飛段さんが強いの知らなかったんですか?いや私は知りませんでしたが。貴方が知らない道理はないでしょうね。自分に従う同朋にリスクを承知でむざむざ無駄死にの愚を犯させるとは、貴方、到底人の上に立つ器ではない」
「ハハ、磯の里人の世間知らずが露呈したね」
カブトは抜かりなく二人から距離をとりつつ、可笑しそうに笑った。
「そうしてこそ人の上に立つ器もまた然りという事を学ばねばね。甘い。温室育ちの磯、虫酸が走る程甘いよ」
唾棄する様に言い捨て、今度は物騒な笑みを浮かべて牡蠣殻を見る。
「そもそもボクには同朋とよべるものがないんだよ。生温い事を言わないでくれないか?ボクはさして衝動的な方じゃないんだけどね。今はあなたを傷つけてやりたくてたまらないなあ・・・」
飛段が鬱陶しそうに頭を掻きなから前に出た。
「牡蠣殻ァ、コイツの口上に飽きたんなら後ろ隠れて耳塞いでな。俺ァ鬼鮫ほどデカかねぇけど、まぁテメエが隠れるくらいにゃ身丈はあっからよ」