第2章 遂行しづらい任務
宿は山裾の川沿いにあり、景観が良い。散策するにはもってこいだが、鬼鮫は何も景色を楽しみに出た訳ではない。
牡蠣殻に会わないように用心したのだ。
"ゴタゴタはごめんですからね"
鍵を預けに帳場へ行きかけ、鬼鮫は入り口に飾ってあった己と同じくらいの背丈の熊の剥製にぶつかった。
ホールに牡蠣殻がいる。
「あの女・・・」
顔をあわせない様にしようと言ったのに、万人が通る玄関口に陣取って何をしているのだ、あの馬鹿は。
片肘をついて本を読んでいる牡蠣殻に今日も苛立ちを覚える。
「・・・・何が私からは全然関わらないですか、
どうしようもない」
鬼鮫は大股で牡蠣殻の傍らに歩み寄って、彼女が気付くのを待った。
「・・・・・・・」
・・・・待った。
「・・・・・・・」
待ったが、牡蠣殻は一向に気付かない。鬼鮫は本に添えられた牡蠣殻の手すれすれの場所に、ガンと拳を打ち付けた。びくりと手を引っ込めて、ようやく牡蠣殻が顔を上げる。
眼鏡の奥で目を瞬かせ、見上げて来る顔に心持ち笑みが浮かんでいて、これがまた腹立たしい。
「何でこんなところにいるんですか。あなたふざけるにも程がありますよ?」
「干柿さんこそ、何で部屋から出て来るんです。あってしまったじゃないですか」
「仕事に来てるのに部屋に閉じこもってたら話にならないでしょう」
「ああ、成る程。お疲れ様です」
「・・・もうここを引き払って消えてくれませんかねえ」
「残念ながら私も故あって投宿しているのです。用がすむまでそれは無理です」
「ほう?そうですか。成る程ずいぶんとお忙しそうだ」
「干柿さんこそ、お忙しそうで。熊の生体調査ですか?一応言っておきますが、あれ剥製ですからね」
「・・・気付いていて黙殺しましたね?」
「目立ちますからねえ、干柿さん」
「気付いてたなら挨拶くらいしたらどうです」
「またまた。顔もあわせたくないという人に挨拶しろは無体ですよ」
それから、堪える顔で俯いて、
「大体笑っちゃ申し訳ないですしねえ・・・」
「・・・お気遣い頂いて何ですがね。あなたがこんな人目につくところで私を避けていたりしなければ、そんな事を気にしなくてすんだんですよ。宿中の人と顔をあわせるところで何をしているんですか。本なぞ部屋で読みなさい」