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連れ立って歩くー干柿鬼鮫ー

第15章 牡蠣殻の飼う血


鬼鮫は忌々しげに卓に肘をつき、顎元に大きな手を添えた。イライラと足を組み換える。
「あなたの出来の悪い教え子には本当に辟易させられる。腹立たしい限りですね。殺してやれたらどんなにスッキリするか」
そうすればもう何処かへすり抜けていく事もない。鬼鮫は馬鹿な女を取り零した手をギリリと握り締めた。
「物騒な事を言いなさいますな。あれが泣くのは夏の夕立のようなもの、後生が悪くないと思えばそう辟易するものでもない」
「泣くだ泣かないだだのそれだけじゃないんですよ。腹が立つのも人騒がせなのも」
「・・・確かに人騒がせですな。一人で木の葉に向かうとは・・・」
深水は苦々しく呟いた。
「あれは身の上が身の上故、前々から何かと便宜を計って下さる波平様に傾向しておりました。しかし今度のような奔放というか考えなしというか、傍目に投げ槍とも思える判断を折々下されるあの方を見ていると、懸念を募らさざるを得なくなります。それを諌めようとあの様な仕儀になりましたが、今回ばかりは場所も時期も、私の遣りようもまずかった・・・。あれに言わないでいい事まで言わせてしまいましたな・・・」
「気にしなくていいんじゃないですか。何なら消してさしあげましょうか?そのふざけた名前の磯影を。あなたの懸念もさぞやスッキリと晴れるでしょうよ」
真顔の鬼鮫に深水は困惑する。
「何を仰られる!それはなりません。磯がたち行かなくなります。私見は兎も角波平様が優れた指導者である事は疑いようもない」
「不自然な形で無理に存在し続ける必要があるんですかね。散開して大国に下り、各地で本草の知識を広く役立てた方がいいように思いますがねえ。有用な技を持ちながら逃げ隠れしているなんて偏狭でしょうよ。正直磯の存在意義に疑問を感じますね」
「少数とはいえそこに依って生きている人間がいる。そうである以上磯は在り続けるべきです。大義としての存在意義など些少な日常を懸命に生きる人々には必要ありますまい。そうした日常の積み重ねこそがそのまま存在意義になりましょう」
「それは磯の外には関係ないですよ。そもそも些末な日常を積み重ねる事は何処でも出来ます。成る程、聞くほどに磯影が去ねば磯は霧散するという印象がはっきりして来る。逃げ隠ればかりで里人に主体性がないようだ。更に肝心の磯影は放任かつ過保護な手に負えない質に見受ける」
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