第13章 干柿と牡蠣殻
「にしても干柿さんの話を聞くと言うのは、説教を食らわす事なのですねえ。著しい語弊がありますよ」
「ああ、そんな事も言いましたね、そういえば。ぐずぐず泣かれるのが鬱陶しかったのでね。仕方がないですよ」
悪びれもせず言うと、鬼鮫は牡蠣殻の両手をとった。
牡蠣殻はヒッと咄嗟に腕を引いたが、鬼鮫は飄々として手を離さない。
「何もしませんよ、安心しなさい」
「いや、怒ってもいない時に触れられると反って非常に恐ろしい・・・」
「一方的に言い過ぎましたかね」
「や、もう全然、一方的なのは今始まったこっちゃないです。大丈夫です。怖い怖い、何ですか、急に穏やかになっちゃって、何を企んでるんですか」
「何も企んじゃいませんよ。薬を呑みなさい。顔が充血していますよ」
「手を離して下さいませんかね。これじゃ呑めませんよ」
「成る程」
片手を離して牡蠣殻を目顔で促す。牡蠣殻は渋い顔をして腰の鞄を片手で探って小さな薬包を取り出した。
「座りなさい」
言われて牡蠣殻は間一つ半ほど置いて鬼鮫の隣に座る。
鬼鮫は空いた手で器用に傍らの卓にあった水差しの水を注ぎ、牡蠣殻に差し出した。
「・・・・・」
「・・・・・」
双方両手が塞がっている為、次のリアクションが起こり得ない。
「・・・何ですか、これは」
「・・・何でしょうねえ。何だって私はこんな真似してるんでしょうねえ・・・」
鬼鮫は首を捻って牡蠣殻の口元にコップを添えた。
「・・・何です、今度は」
「呑ませてあげますよ」
「・・・また押し付けがましくも度肝が抜ける様な有り難迷惑を・・・薬くらい自分で呑みますよ。さては馬鹿にしてらっしゃいますね?」
「早く呑みなさい」
「厭です」
「ふうん」
「・・・ふうんて何ですか」
「・・・・・」
「・・・わかりましたよ、呑みますよ・・・」
薬を口に放り込んで危なっかしく水を呑む牡蠣殻に、鬼鮫はフと笑った。
「面白いですねえ」
「面白いですか?」
牡蠣殻は顔をしかめた。
「本当に一方的ですねえ、干柿さんは・・・。何でこんな貴方を恋しく思うのか、まるで自分を計りかねますよ」
鬼鮫が目を上げる。
牡蠣殻は目線を外して自分の手を握る鬼鮫の手首へ、空いた手をかけて軽く握った。
中指と小指に心持ち力の入ったそのひと握りで、鬼鮫の手から力が抜けた。