第13章 干柿と牡蠣殻
「ー何をしました?」
鬼鮫はきつい目で牡蠣殻を見る。
牡蠣殻はその目の先で笑った。
「先生に、牡蠣殻が木の葉の波平様へデグに替わって伝書に向かったとお伝え願います。彼を待てればいいのですが、残念ながら今の先生はそれが出来ないようだ」
牡蠣殻は、窓の外と自由になった両手を見比べて、鬼鮫からまた目を反らした。
手に力が入らない。鬼鮫は舌打ちして立ち上がった。
牡蠣殻は滑るように後退して鬼鮫の長いリーチから十分な距離をとった。
「今の先生と杏可也さんは一処にいなくてはいけません。ご迷惑ばかりお掛けして、本当に申し訳なく思っていますよ。近くにいると思ってうかうかと貴方に会いに来た私は愚か者です。騒ぎが大きくなってしまった。今頃波平様も往生しておられる事でしょう」
牡蠣殻はどこを見ているかわからない、何か考え事をしているような顔でまた笑った。
「貴方の話はよくわかりました。しかし人は急には変われません。私は今の私に出来る事をする。それが身勝手であろうともです。返す宛のない恩を抱えて生きるのは辛い事です。そもそも、生きているうちに恩を返さずいつ返します?誰に先の約束が出来ましょう?」
「待ちなさいッ」
「出来ない無理は出来ません。心配御無用」
鬼鮫が踏み出して手を伸ばしたその先で、牡蠣殻の姿が文字通り薄くなった。
「どうか先生をよろしくお願いします、干柿さん」
声だけがはっきりと耳を打ち、牡蠣殻は消えた。空を掴んだ鬼鮫の手は、次いで拳に変わり壁を叩きつけた。
「・・・あの、馬鹿女・・・ッ」