第13章 干柿と牡蠣殻
「鼻声で何を言われても痛くも痒くもない。言いたい事があるなら人の顔を見て言いなさい」
「・・・干柿ざん・・・」
「何ですか」
「・・・なまじ勢い良く泣ぎ出じでじまっだので言い出せまぜんでじだが、紙が切れでいまず・・・・。鼻がかめません」
「・・・そういう事は早く言いなさい。全くいい大人が何やってるんだか・・・さっさと開けなさい」
個室の鍵がカチリと音をたてた瞬間、鬼鮫は個室のドアを勢いよく引き開けた。
「やっと開けましたね、この馬鹿者が」
間髪いれず牡蠣殻を押さえ付け、懐の手拭いで顔を拭きぬぐう。
「ぶっ、や・・・止め、ぶ、止め・・・・いだいいだい・・・ッ、やめ・・・だだだだだだッ、止めろってこの・・・ッ、あ、いだ・・・ッ」
鬼鮫にパカンと叩かれて、牡蠣殻は頭を両手で抑え込んだ。
鬼鮫は只でさえ大きな体を誇示するようにのけ反らせて、牡蠣殻を見下ろした。
「私を見くびるんじゃありません。さっさと立ってこっちに来なさい」
「初めて会ったときから見くびった事など一度もありゃしません。人を見くびってるのは貴方でしょうよ」
目と鼻の下を真っ赤にして、牡蠣殻は鬼鮫の横をすり抜けて廁を出た。鬼鮫は大股でそれを追った。
「待ちなさい」
「待ちなさいじゃないですよ。付いて来ないで下さいよ」
「人を廁で散々待たせておいて、今度はそれですか。勝手ですねえ」
「勝手だって何だっていいですよ。放っといて下さい」
そこで牡蠣殻は急にきびすを返して、今来た方へ歩き直した。
見ればこちらに気付いてこそいないが、廊下の先にサソリの姿が伺えた。
「・・・成る程」
鬼鮫は片方の眉を器用に跳ね上げて、再び牡蠣殻の後を追った。
「いい加減にしなさい。話を聞いてあげますから闇雲に動くんじゃありませ・・・」
言いかけて、今度は鬼鮫が牡蠣殻の腕をとってきびすを返す。
向かいから角都と飛段が歩いて来る。
「何なんですか、ここの連中は・・・」
「そりゃ貴方も含めてこっちの台詞ですよ、何だってこんなウロウロしてるんですか。回遊魚の集まりですか暁は」
鬼鮫は牡蠣殻の口の前に指を立てた。
「・・・来なさい」
傍らの部屋のドアを細く開けて牡蠣殻を押し込めると自分も体を滑り込ませ、静かにドアを閉め外の様子を伺う。