第12章 浮輪波平
「迷子は探すけど家出は止めない?波平さん、磯から人がいなくなりいますよ?」
「何だ、五代目に聞いたのか?同じことを何度も聞いて回るとは勤勉な事だな。頭が下がる」
客舎から程近い鳩舎に歩きながら、波平は辺りを見回した。
夕刻、家路につく人波と夕餉の匂い。一日の終わりが近い、穏やかな空気がここかしこに流れている。
「木の葉は良いところだ。住まう者が平らかでいるのがよく見てとれる」
「大きな諍いがある訳でもなく、落ち着いて暮らせてますからね。今のところ」
見慣れたこの景色が流浪の里の人間にはどう見えているのか、カカシには計りかねた。
「帰る家があるというのは落ち着くものだろうな」
穏やかな喧騒のここかこに見知った磯の顔が覗く。辺りに溶け込むのは常の事だが、他所の里にいるというのに彼等が笑顔を浮かべているのは珍しい。
「さあ、そういうのは人それぞれでしょ?幸せは一つだけなんて決まってたら退屈だ」
「そうだな。だから皆選択するんだろう」
鳩舎は薄暗く、鳥独特の埃っぽい匂いがした。
呼ぶまでもなく、一羽の鳩が羽ばたいた。
「デグ、もう日暮れるというのに悪いな」
腕に榛色の鳩を迎えて、波平は懐の文をその脚に結わえた。
「届けたら今夜は深水の世話になりなさい」
人にするように話しかけ、開け放した窓からまだ半ば明るい空へ放ってやる。
「・・・姉はどうしているかな?」
飛び去ったデグを見送りながら、波平はカカシに尋ねた。
「杏可也さんなら朝から紅のうちに籠ってる。アスマがバレバレの監視役を買って出てるからすぐわかったよ。・・・波平さんアンタ、杏可也さん共々深水を里から逃がすつもりなんでしょう」
「それ、五代目が言ったの?」
「さあ、どうかな・・・」
「じゃあ聞かなかった事にしよう」
「波平さん」
「バレバレじゃ反って邪魔だ。アスマを拾って呑みに行こう」
波平は傍らの止まり木の、半分寝惚けている幼い白鳩を撫でながらカカシを見やった。
「それともここで鳩の蘊蓄話でもするか?因みにこのコは雪渡り。先程の木偶の坊の兄弟鳩だ。まずこの兄弟の名前の由縁から始めようか」
「・・波平さんの奢り?」
「アスマの奢りだろう?」
「今日は波平さん持ちでしょ?先輩、アスマに借りつくっちゃったんだから」
「成る程。ならアスマの分は私が持とう。お前の分はアスマ持ちだな」