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連れ立って歩くー干柿鬼鮫ー

第11章 飛び出る災難


呟いたカンクロウは、少し前まであの女がまた出て来てもいいと血迷っていた事を思い起こしてゾッとした。
"あり得ねえ。早くうち帰って風呂入って寝よう。忘れンのが一番じゃん"
陽は中天、昼が近い。
カンクロウは四人が去った方を見遣って首を振った。
"一体何を探してんだ?探されてるヤツァ災難じゃん・・・"


災難に狙われていても、降りかかって来るまでは世は事もない。
牡蠣殻は例によって呑気に読書中だった。
「暇さえあれば読書だな。最早中毒と言って差し支えない」
深水が呆れ顔で牡蠣殻を眺める。牡蠣殻は本を閉じて師に答えた。
「昨今は依存症と言うらしいですよ、そういった事全般」
「ふむ。そう名付くと何でも病らしくなるという点において中毒と何ら変わらぬが、少々聞こえはよくなる」
「そうですか?どちらにしたところで問題の本質が変わるわけでないでしょうに」
「確かにどう呼ばわろうと病の質は変わらぬ・・・。そう思えば言い訳に似た欺瞞を感ずるな」
深水は考え深く呟いて、フと眉間に皺を寄せた。
「どうかしましたか?」
「今後の薬や手当ての事だが」
「大丈夫ですよ、ちゃんと頭に入ってます」
指先でコメカミを弾いて牡蠣殻は頷いて見せた。
そもそも磯の本草学は口伝を旨としている。
不意の移動に備え、物を持たないのが磯の常識だ。余計な荷は逃げ隠れの初動を鈍らせる。本の虫の牡蠣殻さえも数冊の本を折々に売っては買いを繰り返す事で手持ちの冊数を抑えている。
相伝の知識は全て親から子、師から弟へと話し語りと実践に依って綿々と引き継がれて来た。門外不出ではない。かと言って、誰彼なく簡単に学べるものでもない。暗黙の了解で里の知識を書き起こす事は禁じられているからだ。
しかし。
しかしだ。
深水は苦い顔で鬼鮫の言葉を思い起こした。
"あなたのような人が記録を残していない訳がない"
図星だ。ここでも深水は禁忌を犯している。
牡蠣殻の為、もし同じ症状で苦しむ人がいたら役立つ筈、後学の道を辿って来る医師の一助になるだろう、言い訳はいくらでもある。だが結句は長年かけた研究と、実践医療と、その成果への欲だ。生真面目かつ几帳面な質が欲に拍車をかけた。
鬼鮫の欲しがったものは二分されて、一つは深水、一つは杏可也、夫婦互いの帯の中に常に隠し持たれている。


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