第6章 先生と生徒
恋をした事がない私には分からない。
でも…
「ダメなんがじゃないと思う」
「え?」
今まで五十嵐君がどれだけ2人を大切に思ってきたのか、数ヶ月しか過ごしていない私でも分かる。
「2人だって五十嵐君の事を大事に思ってるよ。だって、いつも2人共五十嵐君の事を楽しそうに話すんだもん」
友永君も彩葉ちゃんも五十嵐君を大切に思ってる。
「友永君に勝てなかったとしても五十嵐君がダメな訳じゃないよ。それに、まだ間に合うよ…まだ伝えられるよ…」
自分でも何でこんなに一生懸命になっているのか分からない。
恋に真っ直ぐ向かう彼が眩しかったからなのか、それとも自分には真っ直ぐ向かう事が出来ないからなのか。
それとも、彼に勇気をもらいたかったからなのか。
何が理由か分からないけど、どうしても諦めて欲しくなかった。
「大丈夫だよ、彩葉ちゃんがどんな答えを出してもちゃんと受け止めてくれる。それは五十嵐君の方がよく知っているでしょ?」
「…。」
下を向く五十嵐君がどんな顔をしているのか私からは見えない。
でも、きっと届いてくれる。
「…そうだな、諦めるにはまだ早いよな」
ゆっくりと顔を上げた五十嵐君は笑顔だった。
優しく、けれど強い笑顔。
「ありがとう、九条。俺、2人を探してくる」
「うん、頑張って。応援してるよ」
五十嵐君はベンチから立ち上がると元来た道を戻ろうとする。
そして、ふと立ち止まった。
「九条はさ、大事な人…いないの?」
五十嵐君は振り返らずにそう問う。
数秒の沈黙。
「…いるよ」
自然と口を突いてそう出る。
「そっか…」
五十嵐君は最後まで振り返らずにそう言うと、そのまま姿を消してしまった。
"いる"と答えた私の脳裏に浮かぶのは先生の笑顔だった。