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melancholia syndrome

第5章 大人と子供


あまりにも突然の出来事に頭が追いつかない。

塞がれた口からは言葉も紡ぐことが叶わず私は先生の目に映る自分を見る事しか出来ない。

「ダメだよ、そんなけしかけるような顔されたら…」

あと数センチでその隙間は埋まってしまうぐらい至近距離にある先生の顔。

その表情は固く何を考えているのか分からない。

掴まれた手首は軽く握っているだけのはずなのにビクともしない。

鼻をかすめるのはコーヒーとタバコの匂い。

「 」

そして先生は小さく何かを呟いた。

ほんの少し掠れたその言葉は私の耳に入る前に空気に溶けて消えた。

先生は"大人の男の人"で私は先生から見ればずっと、ずっと"子供"なんだと自覚させられたような気がした。

先生は私から目を逸らすとフッと笑う。

「な・ん・て・な」

パッと私の手を離すと先生は私の上から起き上がる。

またも先生が何を考えているのか分からず私は困惑してしまう。

先生は起き上がろうとする私に手を貸し私の服のシワを丁寧にのばしてくれた。

「俺も悪ふざけがすぎたな、ごめん。怖かったよな…?」

私は無言でフルフルと首を振る。

"悪ふざけ"という言葉に僅かな不信感を抱きながら。

「先生…」
「ん?どうした?」

先生は周りに散らばる紙をまとめつつ振り返る。

「さっき…何て言ったんですか?」
「………。」

数秒の沈黙。

「今日の教訓」
「え?」

先生は私に向きなとるとツン、と私の額を人差し指で押した。

「こんな時間に男を部屋に招き入れない事、不用意に男と二人っきりにならない事。分かりましたか?」

ニヤリと不敵に笑う姿はいつもの先生そのもの。

「はい…」

私はそう短く返事するしか出来なかった。

「もうこんな時間か」

時計を見れば先生が私の部屋に来てから2時間は経過していた。

「じゃあ俺は帰るけど、戸締りはちゃんとしろよ?あと、テスト前でもしっかり睡眠を取ること」

先生は手短にそれだけ言うと部屋から出て行った。

言われた通り鍵をしっかり掛けると私はその場に座り込む。

「_______…。」

触れらていた手首が熱い。

あんな間近で先生を見たのは初めてだったし、何よりあの時の先生の顔が頭から離れない。

ドクン、ドクンと脈打つ心臓は何を意味するのか…

私は暫くその場から動けなかった。
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