第1章 おとことおんなとこどもとおとな
からんと氷が崩れる音がして、グラスの水が無くなった事を告げた。
何か新しいカクテルでも頼むかと思ったけれど、マスターは別の客の相手をして離れてしまってる。
あたしはふと指輪を手に取って、その少し大きい輪に左手薬指を通した。
・・・初めてのサプライズだったんだってさ。
じゃあ奥様よりあたしへの指輪の方が、頑張って贈ってくれたという事なのかな?
書類上の伴侶は奥様だけれど、気持ちの上ではあたしを人生の伴侶としてくれているのかな?
あんな臭い事をやろうと思えるぐらい、あたしの事が好きで好きでたまらなくて、子供になってくれたという事なのかな?
あたしと悟さんが結婚するのは難しい。2人が一緒にいた痕跡を知人に見つかる事さえ今はアウトなのだ。
だからあたしはこの指輪を普段から付ける事も出来ないし、まして悟さんがペアリングを保持するなんて到底出来ない。
この指輪は恐らく、ペアの相手がいない状態のまま、ほとんどを箱の中で日の光も浴びずに過ごすのだろう。
そして悟さんの指に光るのは、何年も前に永遠の愛を誓い合った奥様との、正真正銘の結婚指輪。
それでもこの指輪に込められた思いは、誰よりも深く、誰よりも強いと信じて疑わない。
「結婚かぁ・・・。」
結婚は婚姻を結ぶと書き、書類を役所に届け出る。でも悟さんと奥様は、果たして心が結ばれていると言えるのだろうか?
不倫は倫理的に許されておらず、人の道から外れた事という意味さえある。でもあたし達は互いを思い合っているし、誰よりも人間的だと自負している。
他者へ示すための結婚という書類上の行為には、どれだけの意味がこもっているんだろうか?
誰にも知られちゃいけない不倫という行為には、どれだけの愛が溢れているんだろうか?
何が正義で、何が汚くて、何が大事で、何が尊重されてしかるべきなんだろうか?
「一緒になる」という意味は、過ごす時間なのか、書類上の繋がりなのか、気持ちの問題なのか、あるいは。