第1章 おとことおんなとこどもとおとな
「失礼します。小島様。」
「えっ、あっ、何ですか!?」
声で意識がバーに戻って、あたしは指輪を隠すかのようにマスターの方を向いた。
「小島様をお呼びして欲しいという方がいらっしゃるのですが・・・。」
イレギュラーな事態に頭がフリーズする。
「はぁ・・・。」
・・・まさかのナンパ?
そんなのされた事の無いあたしは、何だか嬉しいような、うざったいような、複雑な気持ちで顔が歪む。
「あちらの方をご存知ですか?」
マスターに差し示された方向を見ると、いつの間にか店内には誰もいなくて、手は店の入り口を向いていた。
扉の向こうには見知らぬ人、それも中学生ぐらいの男の子が、こちらをジッと見つめて立っていた。
「・・・いえ、知りませんけど。」
中学生の知り合いなんていないはずだ。親戚はみんなあたしより年上か赤ん坊しかいない。会社のお客様、なんて話もあるはずなかった。
仮に知り合いだったとしても、こんな遅い時間にバーに来るような、場違いにも程がある男の子に心当たりは無かった。
分からないという顔をしていると、いつも笑顔のマスターがどこか神妙な面持ちであたしを見つめた。
「・・・高橋だと。」
マスターの口から飛び出た名前に、あたしの心臓が凍り付いた。
「高橋と言えば分かると仰られておりました。」
あれだけ幸せで火照っていた体の熱が、汗とともに急速に冷却されていくのが感じられた。
目眩を感じて、マスターの顔が見えない。
その向こうに立っている、高橋と名乗る男の子も見えない。
見えないのに感じる。あたしの心臓を貫くような鋭い視線。
あたしは神妙な面持ちのマスターに返事する事もなく、よろよろと重い足取りで席を立った。
バーの扉を閉めて男の子と対面すると、まだまだ小柄な彼はあたしを見上げて、なのに見下げるような視線で見つめられた。
・・・あぁ、確かに鼻の形が似ている。
高橋は悟さんの苗字だ。