第1章 おとことおんなとこどもとおとな
誕生日祝いのレストランを出て、2人の行きつけのお店にやってきた。
ここは会社からも悟さんの家からも離れた駅の、それも路地裏にある穴場のバー。
元は悟さん行きつけのお店なんだけれど、今ではあたしも1人でよく来る。とても雰囲気がよくて落ち着く場所だ。
・・・何より「この店を教えたのは沙織だけだぞ?」って言われたのが嬉しかったから、優越感に浸れて心地いいんだよね。
綺麗な色のカクテルを頼んで、誕生日おめでとうと乾杯する。
あたしはレストランに入った時から終止夢見心地で、顔の筋肉は緩みきっていた。
「素敵なレストランでした。ありがとうございます。」
「そんなに喜んでもらえるんだったらいくらでも連れて行くよ。」
ふふっと笑ってカクテルを弄ぶ悟さん。この渋い雰囲気のバーによく似合っている。
「あたし、悟さんとだったらファミレスでも、牛丼屋さんでもいいんですよ?」
悟さんの笑顔が何よりも嬉しいから、なんて言葉はちょっと臭いかしら?
でもこんなに素敵なバーでなら、こんな台詞を吐いても許される気がする。
「・・・あー、恥ずかしいんだけどな?」
悟さんは口元を隠してあたしと反対方向を向く。
「男は好きな女にはかっこつけたくなるもんなんだよ。」
そっぽ向く悟さんが何だか思春期の中学生に見えて、あたしは思わず吹き出してしまった。
「可愛いですね。」
悟さんはしどろもどろでぽつり。
「この歳で可愛いって言われるなんてなぁ。」
しかも一回り以上も年下の女の子に。なんて言いながら照れ隠しに強めのカクテルを飲む悟さんは、子供なんだか大人なんだか分からなかった。
あたしの前で見せる悟さんは、会社で見るかっこいい部長さんの顔ではなく、きっと家庭で見せる旦那さんの顔でもなく、完全に素の悟さん。
それを見れるのは優越感でもあるし、幸せでもあるし、また「あたしの前でぐらい我侭でいていいんですよ」という思いやりでもある。
彼は部長である前に、旦那さんである前に、ただの悟さんという人間だ。
悟さんを本当の悟さんらしい悟さんにさせてあげられるなら、あたしはそれで幸せなの。