第1章 おとことおんなとこどもとおとな
「子供は親に頼るしか生きる道は無いし、家庭状況はそのまま人生に直結しますからね。」
親の不仲は子供からすると本当に辛い。あたしも両親の喧嘩を幼い頃に見て泣いたものだった。
「子供に罪は無いし、悪いのはあたしだし、あんな姿を見ちゃったら何も言えませんよ。」
ただただグラスを見つめて話を続ける。この状況に納得していないのは、あたしの指の動きからして分かりやすかった。
「騙してるとか本気だとか、そんなのお子さんには関係ないもんなぁ・・・。」
指を組んで手遊びしていた右手が、指輪のダイヤに重なった。
少し右手を動かせば、指輪もそれにつられて簡単に動き回った。
ぶかぶかでサイズ違いの指輪は、一緒になれないあたし達を表していたんだろうか?
それともあたしにはこんな幸せが来るはず無いと、誰かが囁いているんだろうか?
息子さんは大人の事情も知らず、あたしから悟さんを奪おうと言うのか。
でも先に、息子さんから、家族から、大切なお父さんを奪おうとしたのは誰?
あたしから悟さんが奪われても、あたしは元の生活に戻るだけだった。
悟さんの隣からあたしがいなくなっても、悟さんには帰る場所があった。
ガタンと品の無い音を立てて、あたしは椅子から腰を上げる。
「・・・ねぇ、マスター。」
「何でしょうか?」
「あたし、悟さんと別れます。だからもうここには来ません。」
少しの沈黙。穏やかな音楽が聞こえた。
「今までありがとうございました。」
頭を下げると、マスターは何か言おうとして、でも再度口を閉じて息を吐いた。
「部外者である私に、止める権利はありませんね。」
それだけ呟いてあたしを見つめるマスター。
「・・・寂しくなりますが、お元気で。」
「ええ。」
あたしの事を気遣ってくれるだけで十分だった。