第1章 おとことおんなとこどもとおとな
「・・・高橋 悟の息子です。」
第一声は衝撃という他なく、あたしはハンマーで頭を叩かれたかのように目の前がチカチカと点滅した。
「えっと、あの・・・。」
男の子は吃り、そのまま口をつぐむ。
あたしも喋るはずなく、いや喋る権利など無かった、とにかく口を開く事さえ出来ない状態だった。
そのまましばらく重苦しい空気が続く。
「1ヶ月ぐらい前に、父さんとあなたが一緒に歩いているのを見ました。」
意を決したように話す息子さん。
「塾に行く時に見かけて、そのまま追いかけたらここに・・・。」
あぁ、そういえば3ヶ月ぐらい前に「長男が塾に通い出してなぁ。」なんて悟さんがぼやいてたな。
それにしてもしっかりした子だ。確か悟さんの話では中2でしょう?教育が行き届いているという事かしら?
追いつめられているというのに、あたしの頭は妙に冷静だった。
「・・・お父さんは知ってるの?」
「父さんは知らない!」
急に叫ばれて、あたしの全身は硬直し、心臓だけがやかましく飛び跳ねた。
息子さんはそのまま激情を押さえるように、唇を噛んであたしを睨む。少し間が空いた。
「・・・お金なのか、待遇が目当てなのかは知らないけど・・・父さんを騙すのは止めてください!」
息子さんは息せき切ったように言葉を続ける。
「父さんは俺達家族を大切にしてくれてます。」
息が出来ないかと思うほど頭がくらくらした。
「母さんとすごく仲がいいってわけじゃないけど、普通の夫婦だと思うし、浮気なんてするはずないんだ。」
子供から見た夫婦事情なんて聞きたくなかった。
「俺にバレたって父さんが知ったら、母さんと離婚しちゃうかもしれない。母さんも妹達もみんな悲しむ。」
あぁ・・・まだ小学生になったばかりのお子さんを出されたら、あたしは。
「俺達から父さんを奪わないでくれ!!」
息子さんは、さながら悪の女王と立ち向かう勇者のように勇ましかった。