第1章 狂い咲き白い花
桃色の花が散る頃、人々は春を連想させ暖かな風に身を任せる。しかし、少女の瞳に映る桜は雪のように白く、寒空の下で降り積もる雪と同化していく。
「今年も道場に咲く花は、雪のように白いのですね。素敵なのです」
剣道着を纏った少女は、桜に想いを馳せる。今日も明日も明後日も、元気でいられますようにと。願掛けをかけていると、制服姿の男が彼女へと近付いてきた。
「櫻子、今日も剣道の稽古か?」
「透兄さん。はい、そうなのです! 毎朝鍛錬を積んでいれば、少しは透兄さんに近付けるような気がしますので」
「お前はそんな娘になる必要はないと思うぞ。女は愛でられてなんぼだ! もっとお洒落に精を出せ」
「……人並み程度には」
「それだから彼氏が出来ないんだぞ」
「では、透兄さんには彼女がいるのですか……?」
「弓道部にはだな、凄く可愛らしくて綺麗な子がいっぱいで……!!」
「で?」
「……いません」
「素直で宜しいのです」
兄妹の仲睦まじいやり取り。少女、櫻子は再び桜へと視線を向けた。白い息が漏れる。彼女の兄ある透は自らの上着を脱いで、櫻子の肩にかけてやる。
「道場に行くなら早く行け、その恰好のままだと風邪を引くぞ」
「そうですね……ですが、実はお父さんから頼まれごとをされまして。少し蔵の方まで」
「蔵か……あそこは暗いし足場が悪いからな、ちゃんと扉を開けたままにするんだぞ。突然閉じたりなんかしたら……灯りがない限り出られないと思え」
にやにやと話す透に、櫻子は「やめて下さい」と見るからに怖がっている様子。櫻子はかけられていた上着をすぐに返した。