第12章 1+2+3+4+5=(国見英)
高校生の国見にとって、異性を好きすぎて嫌いになるなんてオトナな経験はしたことがない。し、そもそも恋人がいたことすらない。だけど恋愛の話題を抜きにすれば、好意と嫌悪がひっくり返ることは割とよくある話であった。
例えば既に目が死んでいた幼稚園時代、お気に入りだった室内遊具のくまのぬいぐるみが、自分の知らないヤツの腕の中に収まっているのを教室の扉の影から見ていた時、
まだ塩キャラメルの魅力に出会う前の小学生時代、好きだった袋詰めのチョコレート菓子をありったけ買い占め一気に食べて、吐き気がするほど気分が悪くなった時、
そしてほんの、1年前の中学時代。好きだったはずのバレーの試合で、上がったトスをわざと繋がなかった時。
数え始めればキリがない。好きなものへの過度な期待、過剰摂取、行き過ぎた依存。そういうものが、汚い感情を呼び起こすのだ。何事も程々の距離がきっと一番。
そういうわけで15歳の国見英は、好きなものに対して近寄りすぎないように気を配っている。好きでも嫌いでもなんでもない、そんな風を装って、一歩離れた場所に立っているのだ。
「ねぇ、国見くん」
「何?」
問題集から顔を上げると、クラスメイトのみょうじなまえが机の横に立っていた。気がついたら、教室には他に誰もいなくなっていた。
「お勉強中悪いんだけどさ、さっきの古文のプリント、コピーとらせてもらえないかな?」
古文、という言葉ですぐに気が付く。6限が始まってすぐ居眠りを始めた彼女の背中を、国見は後ろの席から眺めていたのだ。
いいよ、とだけ言って、机の中からファイルを取り出した。
「ん、」
「ありがと」
柔らかい微笑みを浮かべた彼女は、それを受け取って歩き出す。
机の間をすり抜けていく、チェックのスカート、膝の裏。それを黙って追いかける、頬杖をついた国見の視線。
彼女が教室のドアから出て行く直前、最後に見えた学校指定の白いソックスに、もうすぐ夏だなぁ、と考えて伸びをした。そろそろ帰ろうかと問題集を閉じかけて、端の落書きが目に入る。
好きだの無関心だの、まるで悟ったかのように薄く書かれた2つの円。
彼女に見られたかもしれない。急に恥ずかしくなる。くだらな、と吐き捨てながら、小さくなった消しゴムに右手を伸ばした。