第11章 空間期の合間にロマンス(東峰旭)
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「なまえ、もしかして寝てないの?」
数時間前にも歩いた道をまた辿りながら、旭はなまえに聞いてみた。
「寝た寝た。チョー寝たよ」
海から帰る電車の中で、といつもの口調に戻ったなまえは、背筋を伸ばして真っ直ぐ前を向いている。頻繁にこうして一緒に出歩いてはいるが、着物姿の彼女を見るのは初めてだった。
あの厳格だけどお茶目な祖母に教わったのか、普段よりも少し歩幅を小さく、内股ぎみに歩いている。遠い親戚にあたる旭から見ても、彼女が美しいことは一目瞭然だった。正月に相応しい、華やかな装いのお嬢さんである。
「今日はあんまり、無理しないほうがいいんじゃないかな?」
なまえの身体の心配が4割、振り回される自分の心配を6割ほど言葉に込めて伝えると、何をおっしゃいますか、と背中をぴしゃりと叩かれた。
「今日より若い日はもう来ないのよ。動ける時に動かなくっちゃ」
その仕草と口調が、本当に彼女の祖母と瓜二つだったので、旭は思わず苦笑した。いつだったか自分の祖父が、なまえは昔のアイツにそっくりだよ、と神妙な面持ちで言っていたことも頷ける。
神社に着くと、すでに参拝客で賑わっていた。鳥居をくぐってきょろきょろしていると、人混みに紛れて、前方から見知った顔が2つ視界に飛び込んできた。
「あれ?旭じゃんか」
先に気付いた菅原が、ほら、と隣の大地を肘でつついた。ほんとだ、とそれなりに驚いた様子を見せた大地は、何やってんだこんなとこで、と何故か職務質問をする警察官のような口調でこちらに近づいてきた。
「何って……初詣、だけど」
敢えて参拝に誘わなかった友人2人に出くわして、旭は気まずくなって頭を掻いた。てっきり今年は、受験勉強でそれどころじゃないと思っていたからだ。
「ここで会えるなんて偶然だなぁ!」
俺たちはもう帰るとこなんだ、と屈託のない笑みを浮かべた菅原が、ちらりとなまえを一瞥した後、旭に向かって両手を広げた。「明けましておめでとう旭!それから、誕生日おめで……ん?んん??」
んんん???と菅原がなまえを2、3度見した。嘘、旭が和装女子と!?と大袈裟なリアクションをとる彼の隣で、なるほどな、お前そーゆー抜け駆けするわけね?と大地が冷たい視線を旭に浴びせた。