第11章 空間期の合間にロマンス(東峰旭)
【9時間ほど前、大晦日】
紅白歌合戦も無事に見終わり、さあ年が明けるぞ、と気持ちを引き締め直したその時、なまえは突然やってきた。
『旭!年越しライブだよ!』
なまえが押しかけるのはいつも突然でしかない。
勝手知ったる他人の家、とずかずか階段を上り旭の部屋のドアを勢い良く開けた彼女は、エレキギターを背負っていた。確かその時の格好は、はっきりとは覚えていないが全身黒コーデだった気がする。
『は?……え!?それ今じゃなきゃダメ!?』
困惑を通り越して恐怖で顔を青ざめさせる旭を尻目に、彼女はベッドにどっかり座って弦を弾いて歌い始めた。
そして1曲歌って満足した23時58分54秒、今度はB'zのultra soulをスマホで流し、サビの直後のハイ!の瞬間にエビぞりジャンプを高々とキメて新年を迎えたのである。ちなみにその間、旭は部屋の隅で震えながら事の成り行きを見守っていた。
『ハッピーバースデー旭!』
新年の挨拶よりも、真っ先にその言葉を叫んだなまえは『これ私からのプレゼント!』と力強く彼を抱きしめた後、どたばたと部屋を飛び出し嵐の如く去っていった。
呆気にとられてしばらく固まっていた旭だが、年越し、そして1つ歳を取る瞬間を家族以外の誰かと迎えたことは初めてだった。まあこんな年もたまにはいいか、とじんわり口元を緩めつつ、LINEにいくつかの祝いと感謝の言葉を打ち込みベッドに潜り込んで眠りについた。
しかしその4時間後、
『旭!初日の出を見に行くよ!』
再び部屋のドアは開かれた。今度の彼女はコートにマフラー、耳あて、帽子。カイロまで準備し完全な防寒対策を整えていた。そして寝ていた旭を叩き起こし外へと無理矢理引きずり出した。
彼女と共にまだ暗い道路を歩く。何処まで行くのかと欠伸をしながら尋ねた際に、海だと答えられた時は流石に眠気が吹き飛んだ。電車に揺られるがまま、冬の海水浴場へと辿り着き、雲間から差し込むご来光に盛大に目頭を熱くした後また電車に乗って家へと帰った。
重い身体を引きずって、まあこんな年もたまにはいいか、と再びベッドに沈み込んだ1時間後、今度は母親に起こされる。何事かと寝ぼけまなこで玄関へ向かうと、待っていたのはガラリと雰囲気を変えたなまえである。口が塞がらなくなるのも当然だろう。