第10章 ときめきのピストルを空へと向けて(澤村大地)
「大地は、高校の頃に戻りたい?」
烏野の公式練習が始まってすぐ、隣の彼に聞いてみた。え、と少しの間固まった大地は「どうだろうなぁ」と珍しく、頼りない表情をした。
「確かに高校時代は楽しかったし、あの頃以上の経験は、この先、一生味わえないような気もする。けど、戻ったら、お前とも離れちゃうし………」
バシッ!と激しい音が響いて、大地が口をつぐんだ。烏野の選手の1人が、強烈なスパイクを打った音だった。あぁ、きっとああいう人が、エースと呼ばれるんだろうな、とぼんやり眺めていたら、隣から、ぐっ、と喉が詰まる音がした。
「………大地?」
「ごめん、もし俺が泣いても、笑うなよ」
「笑わないよ。泣いちゃいそうなの?」
「お前が変なこと聞くからだろ」
色々思い出しちゃったんだよ、と、それでも芯のしっかりしている声を聞いて、私は返事をしないまま、大地の顔も見れないまま、何故か頭に浮かべていたのは、私が彼に告白した日のことだった。
ーーーーーー好きです。大地さん。
ほぼ半泣きになって、絞り出すように言った私を、大地は苦しそうな顔をしながら見つめていた。
『なまえ、それ、本気で言ってる?』
『本気です』
『憧れと好きの気持ちは、違うものだからね』
『わかってます』
『そっか』
そこまで言ってようやく、大地は安心したように顔を歪めて笑った。
よかった。俺も好きだったんだーーーーーー
ピッ、と笛の音が鳴る。
気が付いた時には、もう烏野の試合は始まっていた。ぼんやり見ている間にも、1点、2点とあっという間に試合が進む。
「今年のセッター。あいつ、上手いな」
独り言のように呟く大地の声。いつ見ても引き締まった彼の腕に触れながら、この人にも、学生服に袖を通していた時代があったんだよな、と考える。