第9章 休日のカバー・ガール(孤爪研磨)
「全部意味のあること、かぁ」
今度は研磨が呟いた。「なまえはバレーを辞めて、何かいいことあった?」
「あったよ。理不尽なクレームの対処方法を身に付けたとか」
「それ、本当にいいこと?」
「今のは冗談。帰宅部になって、勉強時間がたくさん増えた」
「あとは?」
「ありがとう、ってお客様に言ってもらえる。好きな洋服を好きなだけ買える」
「それ、強がりじゃない?」
「強がりじゃないよ」
背中によりかかる研磨の体温を感じながら、鏡の中の自分に向かって言ってみた。「確かに音駒でバレーやってれば、全国出場も夢じゃない。だけど、今よりも幸せにはなれてないと思うんだ」
ふうん、とまだ不満そうな声がする。いきなり言ってもきっと理解してくれないだろうな、と私は笑った。笑いながら、考えてごらんよ、と研磨に語りかける。
「小さい頃は水泳とピアノを習って、中学校からバレーを始めて、今では立派な掛け持ちアルバイターだよ?バレーしか知らない研磨や黒尾とは違う、私にしか辿れない経験をしてると思うの」
「点と点は繋がるってやつ?」
「そうかもね。きっと私は将来、他の人には真似できないセンスを持った人間になる」
「全国大会に出ることよりも、そっちのほうが大事なの?」
「うん。研磨とこうやって、背中合わせで話せる女の子なんて日本でたった1人だもん。私にしか作り出せない世界がきっとある」
「それがこのゴミだらけの部屋?」
懲りない研磨に、ゴミじゃなくて雑貨ね、と私も懲りずに訂正をする。「研磨は、無駄なことは嫌い?」
振り返って尋ねると、研磨も私と顔を合わせて、うーん、と少し首をひねった。
「嫌いじゃない……かな」
そう言って、私の着ているワンピースの裾をつまんだ。
「なまえは無駄が多いけど、別に嫌いなわけじゃない。この服の意味のないレースも、ゆらゆら揺れる大きなピアスも、あの羊たちも結構好き」
それから少しだけ頬を染めて、メイクしてないなまえも好きだよ、と小さな声で呟いた。
「ありがと研磨。私もゲームをしてる研磨が好き」
「なまえの二の腕のぷにぷにも好き」
「そこは触れないで欲しかった」
それから、2人で顔を見合わせて、また同時にふふっと笑い合った。